地上600mの塔の上に取り残される。スキー場のリフトに放置される。棺桶に入れられて生き埋めにされる。
これまで数々のソリッド・シチュエーション・スリラーが作られてきた。映画好きを自称する筆者も、奇抜なアイデアと抜群のシナリオに、なんど驚かされたことか。
『#マンホール』も例に漏れず、アイデア勝負の一作だ。マンホールに落ちるというシンプルさからは想像もつかないような、衝撃的なストーリーが展開する。
本記事では『#マンホール』のあらすじをネタバレありで紹介しつつ、劇中に張られた伏線について解説していきたい。
『#マンホール』(2023)あらすじ
結婚式を翌日に控える川村俊介(中島裕翔)は、気のいい同僚たちと結婚前最後の飲み会を楽しんでいた。大勢から祝福を受け、幸福感を噛みしめる川村だったが、突如強烈な眠気に襲われて気を失ってしまう。
目を覚ますと、そこはマンホールの底だった。なんとか脱出しようとするも、落ちた拍子に足を怪我しており、自力で穴から這い上がるすべはない。
それどころか、自分がどこのマンホールに落ちたのかも、見当がつかなかった。
川村はスマホを使い、かつて交際していた舞(奈緒)と連絡を取る。GPSの情報を基に、渋谷付近を捜索するよう指示を出すが、川村はまだ事の深刻さを理解していなかった……。
※以下、ネタバレを含みます。
穴の底は悪夢の世界
マンホールに落ちた川村を襲うのは、怪我や孤独感だけではない。映画開始早々、雨が降りはじめ、猛烈な寒さに見舞われることになる。しかし、この“雨”が、マンホールの場所を把握するヒントになるのだ。
当初、川村はマンホールが渋谷のどこかにあると考えていた。直前まで飲んでいた店が渋谷にあり、スマホの地図に表示された現在地も渋谷を指していたからだ。ところが、マンホールを探している舞によると、渋谷で雨は降っていない。川村の通報によってマンホールを探していた警察にも、「渋谷に蓋の空いたマンホールはない」と断言されてしまう。
つまり、川村は今、渋谷から遠く離れた場所に居ることになる。この事実から、川村が「酔ってマンホールに落ちた」のではなく、「何者かによって渋谷から拉致されマンホールに放置された」ことが判明。事故かと思われた事態が、何者かによる“犯行”だと結論付けられる。
警察がまともに話を聞いてくれないことに苛立った川村は、SNSのアカウントを作成。“川村俊介の妹”を偽り、「マンホール女」の名前で、ネット上に生息する有識者を募りはじめる。「女のフリをした方が助けてくれそう」と安直な考えで作ったアカウントだったが、みるみるうちに情報が拡散され、ネット民たちを巻きこんだ“祭り”に発展していく。
少しずつ情報が集まっていき、川村は犯人探しに躍起になるのだった。
SNSの闇
「マンホール女」のアカウントが拡散された結果、川村の同僚たちの本性が明らかになる。友人だと思われていた彼らは、川村を妬み、陰口を叩いていた。さらには、川村が過去に関係を持っていた女性までもがSNS上に晒されてしまう。
ネット民たちの勢いは川村本人にも止められなくなり、ついに暴力事件が発生。川村の同期だった加瀬がSNS上で犯人だと断定され、「深淵のプリンス」なる過激な人物の襲撃を受けてしまうのだった。
しかし、極限状態に陥った川村に冷静な判断力は残されておらず、加瀬への暴力を容認してしまう。当然、加瀬は真犯人ではないため、事態は悪化の一途をたどっていく。
川村はネット民たちにさらなる情報を提供するため、スマホを宙高く投げ、マンホールの外の風景を撮影する。そこに映されていたのは、どこかの廃墟と看板、マンホールの蓋だった。SNSで暗躍する“特定班”の華麗な仕事ぶりにより、看板に書かれた文字が解析され、マンホールに詳しい「仮面の男」の情報提供を基に川村の現在地が特定される。
偶然付近に住んでいる動画配信者が助けに向かうことになり、川村は安堵するのだった。
すべての真実
もちろん、そんな簡単に助かるわけがない。配信者が見つけたマンホールの中に川村はおらず、すべて「仮面の男」の罠だったと判明する。絶望した川村だったが、近くを走る電車と踏み切りの音を耳にし、この情報をネットに流すことに。
そんな中、川村はマンホールの中で腐乱死体を発見。その瞬間、過去の記憶が蘇り、なぜマンホールに囚われたのかを理解する。
その死体の正体は、川村俊介だった。
正確には、“本物”の川村俊介だ。
観客の目の前にいた主人公は、実は川村俊介ではない。本物の川村を殺害し、顔を整形した上で、川村のフリを続けていた吉田という人物である。この事件はすべて、本物の川村俊介を知る何者かの復讐だったのだ。
事件の全容を理解した川村(偽物だが以降も“川村”と表記する)は、ネット民たちを煽って、間接的に犯人を殺害しようと試みる。そして、川村には犯人の心当たりがあった。
本物の川村が当時付き合っていた女性・折原奈津美だ。川村はすぐに奈津美の情報をネットに流し、事件の黒幕だと断定する。SNSは今まで以上の盛り上がりを見せ、加瀬を暴行した過激なアカウント「深淵のプリンス」は奈津美の殺害をほのめかすのだった。
しかし、直前にアップしていた“電車の音”により、川村の現在地がネット民に特定されてしまう。SNSの情報で、事態の深刻さを知った警察がやってくるのも時間の問題だ。マンホールの底に死体があるため、警察がやってきたら川村の犯行が暴かれてしまうことになる。
その瞬間、マンホールの外で車が到着する音が聞こえはじめる。警察と救助隊がやってきたのか、それとも……。
真犯人は……?
川村を助けにやってきたのは、ずっと連絡を取り続けていた舞だった。彼女は渋谷から急いでマンホールのある場所まで向かい、ロープを垂らしてくれる。これですべてが解決したかに思われたが、マンホールから出ても舞の姿はない。
そこにいたのは、本物の川村と交際していた女性・奈津美だった。彼女は川村のスマホを操作し、GPSを故障させ、舞の番号と自分の番号を入れ替えていたのだ。つまり、川村は最初から事件の犯人である奈津美と会話していたのである。
奈津美は衰弱しきった川村を襲い、本物の川村の“顔”を取り戻そうとする。一方、川村は妻のお腹に子どもがいることを話し、奈津美の同情を誘う。
しかし、これは川村の狡猾な罠だった。犯行に関する証拠をすべて葬ってきた川村が、奈津美をただで帰すわけがない。川村は立ち去ろうとする奈津美を襲い、殺害しようとするが、そこに「深淵のプリンス」があらわれる。
「深淵のプリンス」はボウガンを川村に向けて発射。川村はふたたびマンホールの中へと落下していく。
狭く、冷たいマンホールの中で、川村はかつて自分が殺した“本物の川村”と対面する。全身の骨が折れ、もう立ち上がることすらできない。川村がかつてないほどの絶望を味わう中、マンホールの蓋が閉じられ、物語も幕を閉じる。
事件の伏線
川村に感じていた違和感
「どこかに閉じこめられる映画」は数多くあるが、どの作品も主人公に共感できるストーリーだった。しかし、本作の主人公・川村は、映画冒頭から嫌なヤツである。
元恋人に暴言を吐き、助けてくれるはずの警察を罵倒する。挙句の果てには、ネット民を煽り、同僚を襲わせるなど、犯罪まがいのことまでやってしまう。そんな川村の姿を観て、「こんなヤツ助ける価値ねーよ!」と怒りを覚えた人もいるのではないだろうか。
川村の正体は“嫌なヤツ”をとおり越した完全な悪人である。顔を整形し、殺害した相手になりすます、狂気的な犯罪を重ねた異常者だ。共感できないのも無理はない。
また、会社では魅力的な人物を演じていたり、言葉巧みに周囲の人間を操っていたりと、物語の各所で典型的なサイコパスであることが示唆されている。
奈津美の復讐
奈津美は川村に復讐するため、あらゆる手を使っていた。舞になりすまし、適度に情報を与え、川村を苦しめていたのだ。
特に川村の怪我を治療するシーンは、違和感を覚えた人も多いだろう。
マンホールに落ちた際に足を怪我した川村は、応急処置をしようと、看護師でもある舞に電話をかける。しかし、舞が提案したのは、傷口をホッチキスで塞ぐことだった。ターミネーターもびっくりの荒療治で、川村は怪我をしたとき以上の苦しみを味わうことになる。
このシーンを観て、筆者はリアリティーのなさに眉をひそめたが、舞が奈津美だったことを考えると印象が大きく変わってくる。奈津美は川村を苦しめるため、あえてホッチキスでの治療を提案したのではないだろうか。
そのほかにも、SNSで「仮面の男」を名乗ってネット民を誘導したり、飲み屋で川村の酒に薬を盛ったりと、奈津美は物語の裏で暗躍していた。
また、奈津美を演じたのは、シークレットキャストの黒木華だ。わずか数分の出演で、セリフ量も多くはないが、最後の最後で“いいところ”を持っていかれた。彼女の出演は公開までいっさい明かされておらず、本作きってのサプライズといえる。
マンホール女の名前
川村は助けてもらいたい一心で「マンホール女」を名乗ったが、このアカウント名が川村の命運を分けることになる。
ラストに登場した「深淵のプリンス」は、「マンホール女」が女性だと信じていた。その結果、襲われていた奈津美をマンホール女だと思いこみ、川村を狙撃する。
『#マンホール』において、実はネット民たちは1ミリも役に立っていない。埋まっていた死体を露出させたのも、現在地を察したのも川村自身だった。
ネット民がやったことといえば、無実の者を糾弾し、奈津美の嘘に惑わされただけである。顔も名前も晒さず、謎の正義感を振りかざし、真偽不明の情報に踊らされてしまうのは、現実でもよく見る光景だ。しかし、この特性が川村の犯行を止めるきっかけにもなっており、非常に皮肉の利いたストーリーといえる。
結局のところ、この映画はSNSとの正しい付き合い方を、あらためて教えてくれた気がする。
読者の皆々様は、もしマンホールに落ちたとしても、すぐに警察に連絡しましょう。間違っても、SNSで人の裏の顔を暴かないように。
『#マンホール』作品情報
監督:熊切和嘉
脚本:岡田道尚
(C)2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.
※2023年2月17日時点の情報です。