【ネタバレ】映画『バビロン』モデルとなった人物は?なぜ『雨に唄えば』が引用されているのか?ラストシーンの意味とは?徹底考察

ポップカルチャー系ライター

竹島ルイ

『ラ・ラ・ランド』(2016年)で史上最年少のオスカー監督となったデイミアン・チャゼルの最新作『バビロン』を徹底解説。

『ラ・ラ・ランド』(2016年)で史上最年少のオスカー監督となったデイミアン・チャゼルの最新作、『バビロン』(2022年)が2月10日(金)より公開中だ。

ブラッド・ピット、マーゴット・ロビーを迎えて、サイレントからトーキーへと移行していく1920年代のハリウッドを舞台に、空前絶後のスケールで映画黄金時代の“狂宴”が描かれる。という訳で今回は超話題作『バビロン』について、ネタバレ解説していきましょう

映画『バビロン』(2022)あらすじ

時は、1920年代のハリウッド黄金時代。映画スタジオの重役の邸宅で行われたパーティーで、マニー(ディエゴ・カルバ)と新人女優のネリー(マーゴット・ロビー)は出会い、意気投合する。人気俳優ジャック・コンラッド(ブラッド・ピット)の計らいにより、マニーは映画界への第一歩を踏み出し、一方のネリーもスターへの階段を駆け上っていく…。

※以下、映画『バビロン』のネタバレを含みます。

“バビロン”が指し示すものとは?

デイミアン・チャゼルにとって、『バビロン』は念願の企画だった。セッション』(2014年)、『ラ・ラ・ランド』、ファースト・マン』(2018年)とキャリアを積み重ねていった彼は、若くして名声を博し、自信を深め、満を辞してこの超大作に取り組んだのである。

「この作品は、何年も前から頭の中で湧き上がっている、あるいは後回しになっているプロジェクトのひとつでした。登ろうと思っても登れない山のようなものでした。白紙のページを前にして、最初の壁を乗り越えられないと思う日が何日も続きましたね。

今思えば、当時の私に足りなかったのは、直感で素材を理解しているという自信だったのでしょう。それから何年もかけて、たくさんの本を読み、調べ、映画を観て、他にもいろいろなものを見て、この映画のDNAのようなものをつなぎ合わせていったのです。

そして、最初に企画を持ちかけて10年近く経ってから、ようやく“よし、これで実際に書いてみよう、そして実際に作ってみよう”という気持ちになったんです。」
screenrant.com のインタビューより抜粋)

映画のタイトルとなった“バビロン”とは、かつてメソポタミア地方で栄えた古代都市。聖書によれば、富と悪徳の都へと堕落したため、神によって滅ぼされたという。この古代都市を1920年代のハリウッドになぞらえていることは、間違いないだろう。なんせ、この映画に登場するキャラクターは、富と悪徳にまみれた奴ばかり。冒頭のパーティ・シーンなんぞ、まさにTHE 酒池肉林! セックス、ドラッグ、放尿、おまけに象乱入と超やりたい放題。しかしながら、映画がサイレントからトーキーへと移行していくにつれ、彼らは時代から急激に取り残されしまい、滅んでいくのである。

また、アンダーグラウンド映画の旗手として名高いケネス・アンガーは、1959年に「ハリウッド・バビロン」という書物を発表している。ハリウッドの光と影を赤裸々に描いた、いわゆるゴシップ本だが、これも『バビロン』のインスパイア元だろうデイミアン・チャゼルのコメントを引用しよう。

「私が個人的に「ハリウッド・バビロン」が好きなところは、それが歴史として解釈されるという重荷を取っ払って、どの内容もまったくのデタラメである可能性を受け入れていることなんです。それはよくあることですしね。でもこの作品の精神にはある種の真実があると思うし、ハリウッド初期のタブロイド紙の現実を捉えているんです。」
rogerebert.comのインタビューより抜粋)

またデイミアン・チャゼルはポッドキャストに出演した際に、テレビドラマ『バビロン・ベルリン』(2017年〜)からインスパイアを受けたことを公言している。

あらゆる書籍、ドラマの“バビロン”からヒントを得て、この超大作は創り上げられたのだ。

登場人物のモデルたち

『バビロン』に登場するキャラクターには、それぞれモデルがいる。紹介していこう。

ジャック・コンラッド(ブラッド・ピット)

ブラッド・ピット演じるハリウッド・スター、ジャック・コンラッド。そのモデルとなったのは、サイレント期を代表する俳優、ジョン・ギルバートだ。『肉体と悪魔』(1926年)で共演したグレタ・ガルボと恋仲になったことでも知られ、世紀の美男美女カップルと騒がれた。

だがトーキーの時代を迎えると、甲高い声が大スターの威厳をブチ壊すことになってしまい、あっという間に王座を滑り落ちていく。そして失意のなか、アルコール中毒による心臓発作で死去。まだ38歳の若さだった。映画評論家のエリノア・セント・ジョン(ジーン・スマート)が、ラスト近くでコンラッドに言い放つ「すでにあなたの時代は終わっている」だの「でも過去の栄光でいまだに多額のギャラを貰えている」といったセリフは、そのままジョン・ギルバートにも当てはめることができるのだ。

ネリー・ラロイ(マーゴット・ロビー)

マーゴット・ロビー演じる新人女優のネリー・ラロイは、様々な女優をミックスしたキャラクターだが、その中の一人が“イットガール”と呼ばれたクララ・ボウ。健康的なお色気をふりまいた、サイレント映画時代最大のセックス・シンボルだ。

インタビュアー:「あなたの演じるネリー・ラロイは、サイレント映画のスターで、かなりワイルドだったクララ・ボウに似ていますね?」

マーゴット・ロビー:「クレイジーな女の子を演じることは、私にとって難しいことではありません。1920年代のLAには、今よりもっとコカインがあったんです。30歳の若者がスタジオを経営し、20歳の若者が億万長者になっていた。全く新しい産業で、規制も何もなかった。彼らはとても楽しんでいたし、パーティーもたくさんやっていた。ネリーはその世界の中心にいる。そして、彼女はあまり服を着ないんです。この映画で私が着ている衣装は、ノーブラ、ノートップのオーバーオールです」
wmagazine.comのインタビューより抜粋))

彼女はクレイジーでワイルドなネリー・ラロイというキャラクターを、クララ・ボウのプロフィールから膨らませていったのである。

レディ・フェイ・ジュー(リー・ジュン・リー)

中国系の歌手で、サイレント映画の字幕制作者でもある謎の女性レディ・フェイ・ジュー。彼女のモデルは、ハリウッド初の中国系アメリカ人女優アンナ・メイ・ウォン。『バグダッドの盗賊』(1924年)で大スターのダグラス・フェアバンクスと共演するなど、そのエキゾチックな美貌で人気を集めた。

だが東洋人に対する差別に苦しみ、1928年にヨーロッパ進出。その後は社交界で注目をさらったという。『バビロン』でも、ジャック・コンラッドとの最後の会話で「ヨーロッパに渡航する」と語っていたが、レディ・フェイ・ジューもまた差別に苦しんで渡欧を決意したのかもしれない。

マニー・トレス(ディエゴ・カルバ)、シドニー・パーマー(ジョヴァン・アデポ)

映画アシスタントとして夢の第一歩を踏み出し、キノスコープ・スタジオの重役にまで上り詰めることになるメキシコ系アメリカ人のマニー・トレス。そして、黒人トランペット奏者のシドニー・パーマー。彼らは、かつてハリウッドにいた人物を参考にして生み出されたキャラクターだ。

「マニーは、当時のハリウッドで活躍した人たち、つまりハリウッドに移り住んだ最近の移民やヒスパニック系の人たちの足跡を集めて作ったキャラクターです。シドニーは、当時の映画界の周辺にいたジャズ・ミュージシャンのグループを参考にしています。彼らは映画にサウンドが導入されたことで、スクリーン上で一躍スターダムへとのし上がりましたが、それも一瞬のことでした」
screenrant.com のインタビューより抜粋)

“何か、大きなものの一部になりたい”

「何か、大きなものの一部になりたい」。マニー・トレスはコカインを吸いながら、ネリーにそんな願望を語る。もちろん、“大きなもの”とは夢工場ハリウッドのこと。そして彼はその言葉通り、映画アシスタントとして狂乱の世界へと足を踏み入れることになる。

筆者には、その願望が『セッション』の主人公アンドリュー(マイルズ・テラー)や、『ラ・ラ・ランド』のミア(エマ・ストーン)が語っていた夢と同種のように思われる。

偉大なドラマーになりたい、偉大な女優になりたい、偉大なハリウッドの一部になりたい。彼らは皆、世俗的な幸せと引き換えに自己実現のため奔走し続ける。夢を掴むためには、代償が必要なのだ。デイミアン・チャゼルの永遠のテーマと言えるだろう。

「良くも悪くも、夢の中で生きる人々の物語に、なぜか自然に引き込まれてしまうのです。常に何かに向かって進むという考え方は、明らかに達成や進歩を促すものですが、同時に巻き添えを食らうこともありますよね。特にアメリカでは、サクセス・ストーリーやアメリカンドリームを教え込まれることが多く、その代償を忘れてしまうことがあるんです。私はその代償や犠牲になるべきものに、もう少し光を当てるような物語が好きなのだと思います。」
screenrant.com のインタビューより抜粋)

ハリウッドは、決して優しい場所ではない。残忍で、無慈悲。人を狂わせ、人を陥れ、人を堕落へと誘い込む、夢と狂気に満ちた魔窟だ。デイミアン・チャゼルはこれまでも成功の光と影を描いてきたが、この『バビロン』は意識的に“影”を強めている。「何か、大きなものの一部になりたい」=「ハリウッドの一部になりたい」という願いは、誰よりもデイミアン・チャゼル自身の願いもあるはず。だからこそ、彼はあえて影を強調したのではないか。夢を掴むためには、代償が必要であることを知っているからこそ。

過剰で下品で野放図で猥雑で虚無的で理知的で映画愛に満ちた狂気のフィルム、『バビロン』。『セッション』のアンドリューのように、『ラ・ラ・ランド』のミアのように、デイミアン・チャゼル自身も確かな足取りで“向こう側”に足を踏み入れた。狂気の向こう側へと。

『雨に唄えば』〜100年に渡る映画史

劇中、ジャック・コンラッドが苦虫を噛み潰した表情で「Singin’ in the Rain」を歌う画面がある。この曲は、ミュージカル映画『雨に唄えば』(1952年)で使われた超有名スタンダード・ナンバー。ジーン・ケリーが土砂降りのなか歌うシーンはあまりにも有名だ。

『雨に唄えば』の舞台もまた、サイレントからトーキーへと移り変わろうとしている時代のハリウッド。大スターとして売り出されていたドン・ロックウッド(ジーン・ケリー)とリナ・ラモント(ジーン・ヘイゲン)が、世界初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』(1927年)が大ヒットを収めたことで、慌ててトーキーに挑戦しようとするも、リナが悪声だったために大ピンチに陥る…というお話。そう、構造が『バビロン』とそっくりなのだ。マニーが『ジャズ・シンガー』の熱狂を目の当たりにする…というシークエンスがインサートされていることでも明らかなように、『バビロン』は『雨に唄えば』を思いっきり参照している。

この映画はミュージカルの名作であると同時に、ハリウッドの内幕を描いた作品でもあった。その『雨に唄えば』をリファレンスした『バビロン』は、ハリウッドの内幕ものであると同時に、ある種のサンプリング映画とも言えるだろう。

『雨に唄えば』は、映画のラストにも登場する。妻と幼い娘を連れてハリウッドに帰ってきたマニー。キノスコープ・スタジオの周りを散策し、ひとり訪れた映画館で上映されている作品が『雨に唄えば』なのだ。感激のあまり、彼は思わず涙を流す。サイレントからトーキーへの移行を描いたこの映画に、自分自身の半生を重ね合わせたのだろう。そして突然、映画は想像のはるか斜め上の展開を見せる。光の三原色である青緑(C:シアン)、赤紫(M:マゼンタ)、黄(Y:イエロー)が画面いっぱいに広がり、およそ100年の歴史をなぞるかのように様々な映画のワンシーンがインサートされるのだ。

リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』1895年)、ジョルジュ・メリエス監督の『月世界旅行』(1902年)、D.W.グリフィス監督の『イントレランス』1916年)、ヴィクター・フレミング監督の『オズの魔法使』1939年)、アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960年)、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』1968年)、ジャン=リュック・ゴダール監督の『ウイークエンド』1967年)、スティーヴン・リズバーガー監督の『トロン』1982年)、ウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』1999年)、ジェームズ・キャメロン監督の『ターミネーター 2』1991年)、『アバター』2009年)…。どれも、映画の技術革新に貢献した作品ばかり。

「(このエンディングは)編集中に生まれたアイデアなんです。(中略)この映画は派手に終わる必要がありましたから。最終的には、私が映画の基本的な構成要素と呼ぶ色と音、あるいは色と音の原子に集約させよう、ということになりました。最終的にすべてがそこに集約され、光と音のショーに行き着くのです。その基本的な考え方が、百数十年も続いているんです。もちろん、100年以上前にさかのぼれば、それ以前の先祖がいると主張できるかもしれません。でも私は、さらに100年以上続くと主張します」
collider.com のインタビューより抜粋)

サイレントからトーキーへの移行は、映画史における大きな技術革新の転換点だった。ジョン・ギルバートのように映画界から忘れ去られる者もいたが、100年という長いスパンで見た時には、それは必然の進化だったのである。そう、映画は常に前に向かって進んでいるのだ。だからこそ、涙にくれたマニーは最後に笑顔を見せたのではないか。100年以上先も、映画はそこにあることを確信したのではないか。

FilmarksのレビューやTwitterのタイムラインを見ると、『バビロン』には否定的な意見も数多く見受けられる。筆者も、この映画が決して完成された大傑作だとは思わない。アラの多い、不恰好な作品とさえ思っている。だが、史上最年少でオスカー監督となったデイミアン・チャゼルが、こんなデタラメな作品を、そしてイビツ過ぎる映画愛に溢れた作品を、堂々と撮り上げてしまったことに感動してしまうのである。

誰がなんと言おうと、筆者はこの映画を断固支持するものであります。

(C) 2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

※2023年2月17日時点での情報です。

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