これまで数々の「どんでん返し映画」を観てきたが、『エスター』ほど衝撃を受けた映画はない。
人生で“騙される快感”を初めて味わった映画が、『エスター』だったからだ。
しかし、続編である『エスター ファースト・キル』に対しては不安を感じていた。名作の続編が不安視されるのは世の常だが、『エスター』の続編は別格である。
本記事では、『エスター ファースト・キル』の不安要素を踏まえたうえで、作品が新たに目指した方向性を考察していきたい。
『エスター ファースト・キル』(2023)あらすじ
裕福な一家、オルブライト家には4年前に行方不明となった一人娘のエスターがいた。だがある日、警察からエスターが見つかったという朗報が入る。父、母、兄は数年振りの再会という信じられない奇跡にこの上ない喜びを感じ、成長したエスターを迎え入れる。当時6歳だった彼女は時をへて10歳になっていた。これから幸せな生活が始まる……そう思っていた。この娘が、どこかが変だと気づくまでは。
※以下、ネタバレを含みます
『エスター』の続編を作ることの難しさ
ホラー映画界隈において、『エスター』ほど続編を作ることが難しかった作品はないだろう。
前作は「どんでん返し映画」の代名詞として知られており、9歳の少女・エスターに抱いていた不気味さが、綺麗に回収されるラストだった。まさに“完璧”といえるシナリオだったが、続編を作るとなると問題だらけだ。
第一に、続編を観る観客は、エスターが30代の女性であることを知っている。もしかしたら、『エスター』を観たことがない人すら知っている可能性がある、有名なラストになってしまった。「前作以上の衝撃」を求める観客の期待に応えるのは、不可能ともいえる。
第二に挙げられるのは、エスターが持つ不気味さの理由が判明している点だ。前作はエスターの“得体の知れなさ”が恐ろしさに繋がっていたが、公開から10年以上の時が流れ、彼女は誰もが知る殺人鬼になってしまった。続編をホラー映画にするならば、別のアプローチが必要になるだろう。
そして最後に、エスターを演じたイザベル・ファーマンの年齢だ。ファーマン不在の『エスター』は考えられないが、彼女は2023年4月時点で26歳。撮影当時は23歳であった。すでにエスター(9歳の少女)より、リーナ(30代の女性)に近い年齢になっている。どんなに演技力があったとしても9歳の少女を演じるのは無理があるだろう。
以上の3点のから、『エスター』の続編はとんでもなく難しいものだった。筆者だけでなく、前作を観た誰もが、続編を作る難易度の高さを感じていたはずだ。
さて、そんな逆境の中で制作された『エスター ファースト・キル』は、どのようにして数々の障壁を超えたのか。『エスター ファースト・キル』の巧みな演出・構成をひも解いていきたい。
数々の難点を解決した続編
本作の序盤では、エスターはエストニアの精神病院にいる。前作でも少しだけ触れられた、“脱走”について事細かく描かれるわけだが、このシークエンスが抜群のクオリティを誇っている。
映画が始まって数分でエスターの秘密が明かされ、前作とは異なるアプローチで進めていくことが明示された。この時点で本作が前作のようなホラーではなく、スラッシャー映画の方針を取ったことが判明するのだ。
肝心なエスターに関しては不気味さよりも、生に対する執着心で恐ろしさを演出している。自身の娘ではない、大人の女性(しかもサイコパス)が家庭に入り込んでいくストーリーに、前作を知る観客たちは絶望感すら抱いただろう。
しかし、本作に登場するオルブライト家は、エスターと同等か、それ以上に狂った家族だった。特に母親のトリシアは、オルブライトの家名を守るため、娘の死を隠ぺいするほどである。「前作以上の衝撃」とはいえないが、エスターすら利用しようとするトリシアの登場は完全に予想外だ。狂人同士の攻防は、ある意味で観客の予想を裏切った展開だといえる。
そして、問題のキャスティングについては、誰からも文句が出ない場所に落ち着いた。イザベル・ファーマンの起用は当然ながら、彼女自身の成長は本作のストーリーと非常に相性が良い。
本作の主人公はエスターではなく、リーナである。成長したイザベル・ファーマンがリーナを演じることで、この役に前作以上の説得力が生まれていた。さらには、「大人が子どもを演じる」ことの違和感を、エスターとファーマンの両方で感じる仕掛けになっている。不安要素だったはずの“キャストの成長”が、作品の質を高めているのだ。
正直、「どんでん返し」という部分では、前作を超えていない。見ていたものが根底から覆される快感は、『エスター ファースト・キル』にはない。
しかし、大胆にも作品のアプローチを変え、不安要素を一蹴する続編を完成させている。
『エスター ファースト・キル』のラストはどうなる?
本作は中盤でサプライズが用意されている。善良に見えたトリシアとグンナーが、実はエスターと同じサイコ側の人間だったのだ。彼らは“本物の”エスターを殺害し、その死体を遺棄していた。
しかし、トリシアたちの相手は“あの”エスターである。トリシアはエスターを利用しようとするが、当然一筋縄ではいかない。エスターは自身の正体を知るトリシアとグンナーに牙をむいた。
本作のラストでは、唯一の善良な人間だったアレンが出かけている隙をついて、血で血を洗う戦いが幕を開ける。エスターを邪魔に感じたトリシアは、彼女の殺害を実行しようとするが、返り討ちに遭ってしまうのだ。
グンナーはボウガンで殺され、トリシアは転落死を遂げる。残されたアレンも、激昂したエスターに殺されてしまう。家も全焼したため、オルブライト家は文字どおり消滅した。
これほどの事件が起こっても、見た目は9歳の少女であるエスターが逮捕されることはない。トリシアが隠していた“本物の”エスターの死体が見つかれば、すべての罪が判明するのだが……。オルブライト家の闇を知るのはエスターひとりになったため、“本物の”エスターの死が明るみに出ることはないのだろう。
また、本作は『エスター』の前日譚である。そのため、前作とリンクしている部分が多々あった。
たとえば、前作でエスターが描いていた絵。ブラックライトで照らすと、別の絵が浮かび上がるという手法だが、これは本作に登場するアレンからインスピレーションを受けていた。
ラストではエスターが警察に引き取られる。オルブライト家が全滅したことで、エスターは身寄りのない子どもになってしまい、この展開が前作の冒頭に繋がっていく。また、寄生した一家の主に恋心を抱くという、ある種の癖は本作でも描かれていた。エスターに好かれた人間が悲惨な末路をたどるのは言うまでもないだろう。
唯一気になる点があるとすれば、タイトルにつけられた「ファースト・キル」だ。前作において、エスターは少なくとも7人の人間を殺害していたことが明言されていた。そのうえ、本作では5人の人間がエスターに殺されるため、ファースト・キルどころか、最低でも12キルしている。
このキル数はどこまで増えていくのか。続編が作られるかは不明だが、まだまだエスターを見守っていきたい。
『エスター ファースト・キル』作品情報
監督:ウィリアム・ブレント・ベル
脚本:デヴィッド・コッゲシャル
公式サイト:https://happinet-phantom.com/esther/
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※2023年7月3日時点での情報です。