【ネタバレ解説】映画『ROMA/ローマ』に隠されたテーマ、タイトルの本当の意味を徹底考察

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

『ゼロ・グラビティ』でアカデミー最優秀監督賞に輝いた名匠アルフォンソ・キュアロンが、5年ぶりに手掛けた新作『ROMA/ローマ』。彼が生まれ育った’70年代のメキシコを舞台に、ある若い家政婦の日常を描いた半自伝的作品だ。

ローマ

12月にNetflixで全世界同時配信された本作は、ヴェネツィア国際映画祭の最高賞である金獅子賞を受賞したほか、ゴールデングローブ賞で監督賞と外国語映画賞の2部門を受賞。

さらに第91回アカデミー賞では計10部門にノミネートされ、アカデミー作品賞の大本命と目されている。

米TIME誌は、

It's an ode to the power of memory, as intimate as a whisper and as vital as the roar of the sea.

(“記憶の力”への叙情歌であり、“ささやき”のように親密であり、“海の轟音”のように生命力に満ち溢れている)

と激賞して2018年のベスト映画に選出。アルフォンソ・キュアロンも「映画として伝えたいものを、きちんと伝えることができた最初の作品」と述懐するほどの自信作に仕上がっている。

「出演者は無名の俳優たち」「セリフは全編スペイン語のモノクロ作品」と、一見地味な映画に思えてしまう『ROMA/ローマ』は、一体ナニがすごいのか!? という訳で今回は『ROMA/ローマ』をネタバレ解説していきましょう。

映画『ROMA/ローマ』あらすじ

舞台は1970年、メキシコ・シティ近郊のコロニア・ローマ。医師アントニオの家族のもとで住み込み家政婦として働くクレオ(ヤリャッツァ・アパリシオ)は、炊事、洗濯、料理、子供の世話と、毎日忙しく過ごしていた。

仕事でなかなか家に帰ってこないアントニオには、実は愛人がいた。別居を決意する妻ソフィア(マリーナ・デ・タビラ)は、将来に不安を募らせる。そんな中、クレオの妊娠が発覚する……。

ROMA/ローマ

出典元:YouTube(Netflix Japan)

※以下、映画『ROMA/ローマ』のネタバレを含みます。

アルフォンソ・キュアロンの少年期を映像化した、​“記憶装置”としての映画

アルフォンソ・キュアロンは、さるインタビューでこんなコメントを残している。

Ninety percent of the scenes that you see in the film come out of my memory. I’m not saying everything in this is linear, but what I did was compress around three years of memory into a narrative of 10 months. 

(映画で描かれる90%は私の記憶に基づいています。すべてが映画と同じ順番ではありませんが、私はおよそ3年間の記憶を10ヶ月の物語にまとめたのです)

そう、『ROMA/ローマ』はメキシコシティのコロニア・ローマ地区で過ごした彼の少年期をそのまま映像化した、​“記憶装置”としての映画なのだ。

極めてパーソナルな物語だから、映画を盛り上げるための劇伴も流れないし、観客に馴染みのあるスター俳優も登場しないし、記憶を美化しかねない“鮮やかな色”も使われない。

演出だけにとどまらず、製作、脚本、撮影、編集まであらゆるクリエイティヴ・ワークをキュアロン自身が担当しているのも、脳内に沈殿している記憶を抽出して映画という形式で蘇らせんとする、アバンギャルドな試みであることの証左だろう。

かつて住んでいたローマの自宅を忠実に再現するため、およそ70%の家具をメキシコにいる親戚・縁戚からかき集めたというエピソードも、キュアロンの並々ならぬこだわりを感じさせる。

またキュアロンは、撮影方法についてこう語っている。

Nobody had the script, and I shot in absolute continuity. 

(私は誰にも台本を渡しませんでしたし、完全に順撮りで撮影を進めました)

キュアロンは芝居ではない“自然な”リアクションを求め、役者をほとんど素人で固めた。台本を一切渡さず、シーンごとに役者と話し合って撮影を進めていったという。

主役のクレオを演じたヤリャッツァ・アパリシオも、アルフォンソ・キュアロンの名前も知らなければ、作品さえ観たことがなかったという演技未経験の素人。妊娠した姉に代わってオーディションを受けに行ったら、主役に抜擢されたというラッキーガールなのである(それでアカデミー最優秀主演女優賞にノミネートされるのだから、すごい話だ……!)。

ROMA/ローマ

また映画のリアリティを確保するために、特定の職業に従事する登場人物には、実際にその職業に就いている人々を起用。例えば病院での出産シーンに登場するのは、全て本物の医師や看護婦である。

かくして、アルフォンソ・キュアロンの少年期の記憶は『ROMA/ローマ』と冠されたシネマとして生まれ変わり、多くの人々の心を震わせるに至ったのだ。

“横”から“縦”へ 〜世界を拡張させる撮影テクニック〜

アルフォンソ・キュアロンの演出的特徴でもあるのだが、『ROMA/ローマ』はとにかく長回しが多い。しかも、横移動のショットが頻繁に使われている

本作は、通常の映画よりもサイズが横に広いシネマスコープが使用されており(スタンダードサイズの画角1.33:1に比べて、シネマスコープの画角は2.35:1)、より横へ、さらにその横へと世界が拡張していく。

引きの絵が多い上に、画面の手前側も奥側も全てピントが合っているから、一枚絵としての情報量がやたら多い。

これは、広大な世界を自由に動き回って冒険できる「オープンワールド系ゲーム」のように、当時のメキシコシティの町並みや空気をフィルムで追体験させたい、というキュアロンの想いの表れだろう。

筆者が特に驚嘆したのは、クレオがバスに乗って恋人のフェルミンに会いにいくシーンだ。

彼女がバスを降りてそのまま画面の左側に向かって歩いていくだけのシーンなのだが、画面の奥では何やら政治団体が演説をしていて、巨大な砲弾から男が発射され、その様子を見物客が眺めている。画面の隅々にドラマがあり、そこかしこに市井の人々の生活が息づいているのだ。

ROMA/ローマ

出典元:YouTube(Netflix Japan)

ところがキュアロンは、最後の最後で「縦移動」のショットを挿入する。洗濯カゴを抱えて階段を登っていくクレオを、カメラがゆっくりと上にパンしながら追っていくのだ。

それまで「左右」の横軸しかなかった物語が、初めて「上下」という縦軸を獲得し、世界は豊かさを増す

しかもこれは、オープニングが細長い廊下の排水溝に石鹸水が注ぎ込まれる「下への運動」だったのに対して、「上への運動」という鮮やかな対比となっているのだ。

計算しつくされたアルフォンソ・キュアロンの演出テクニック、マジでおそるべし!!!!

アルフォンソ・キュアロンが一貫して描くテーマ「死と再生」

アルフォンソ・キュアロンは、一貫して「死と再生」という宗教的なテーマを描いてきた映画作家だ。そしてそのモチーフを司るのは、常に「赤ん坊」である。

過去作『トゥモロー・ワールド』は、生殖能力を失って死の淵に立たされた人類が、“最後の希望”として子供を授かるという物語だったし、『ゼロ・グラビティ』は、かつて子供を失った女性宇宙飛行士が、宇宙空間で事故に遭遇する物語だった。

『ゼロ・グラビティ』の主人公を演じるサンドラ・ブロックは、命からがら宇宙ステーションに到着するや宇宙服を脱ぎ捨て、まるで『2001年宇宙の旅』のスター・チャイルド(赤ん坊)のごとく身をかがめたポーズをとるのである。

ゼログラビティ

『ROMA/ローマ』は一人の女性の日常に寄り添ったミニマルな物語だが、この作品もまた「死と再生」を扱っている。むしろ映画の大部分が、“死”に彩られているといっても過言ではない。

例えばクレオが洗濯物を干しているとき、屋上に横たわって「死ぬのも悪くないね」と呟くシーン。

この時点で、クレオは生きることの意味を見出していないことが暗示される。思いがけない妊娠で、自分のお腹の中に新しい生命が宿っていることを知った時でさえ、母になる喜びよりも、身重になったことで解雇される恐怖が彼女を支配しているのだ。

ROMA/ローマ

それだけではない。病院に突然地震が起きて、新生児を保護するカプセルに天井から瓦礫が落ちるショットがあるが、その直後にインサートされるのは荒れ地に打ち立てられた十字架だ。

新年を祝うために訪れた友人宅近くの田園地帯では、おびただしい数の銃弾が発射される。そしてその銃弾が現実に人を殺す道具になってしまうことを証明するかのように、多数の死傷者を生んだ反政府デモ「血の木曜日事件」が描かれる。クレオたちがベビーベッドを購入しに家具店に出かけると、窓の外で暴動が勃発しているシーンがソレだ。

’60年代の終わりから’70年代にかけて、メキシコでは体制に不満を持つ学生や知識人が出現し、政治的に混乱を極めた時代だった。アルフォンソ・キュアロンが少年時代の記憶を映像化するにあたって、この動乱期をヴィヴィッドに描出することは不可欠な要素だったのだろう。

この映画には、いたる所に“死”が刻印されている。

ROMA/ローマ

出典元:YouTube(Netflix Japan)

故郷への愛、乳母への愛、家族への愛を描いた『ROMA/ローマ』

本作の最大の衝撃は、クレオの赤ん坊が死産だったことだろう。

死んだ我が子を抱きしめるクレオは、まるで十字架から降ろされたイエス・キリストの亡骸を腕に抱く聖母マリアのようだ。そのポーズは、ミケランジェロの有名な「サンピエトロのピエタ」(聖母子像の一種)によく似ている。

ピエタサンピエトロのピエタ(ミケランジェロ、1498年〜1500年)

ピエタは聖母子像の一種であり、磔刑に処されたのちに十字架から降ろされたイエス・キリストと、その亡骸を腕に抱く聖母マリアをモチーフとする宗教画や彫刻のこと。

死んだ赤子ではないが、「サンピエトロのピエタ」と同じポーズが『トゥモロー・ワールド』でも使われている。アルフォンソ・キュアロンにとって、極めて重要な映像的モチーフなのだろう。

無数の“死”に彩られていた物語は、ラスト近くになって生をダイナミックに躍動させる「再生」を描く。

泳げないカナヅチのクレオが、波に飲まれそうになった子供たちを救うために海に飛び込み、決死の覚悟で救出するのだ。

母親や子供たちから感謝の念を込めて抱きしめられるクレオは、「本当は子供なんか欲しくなかった」と胸中を吐露する。自分の赤ん坊の死、そして死を厭わない救出行動を経て、彼女は初めて生きることの意味を見出す。

皆が浜辺で抱き合う構図は“神と子と聖霊の三位一体”を指し示す「三角形」を形づくっており、「クレオが神に祝福された存在となる=愛される存在となる」という図像的解釈もできる。

ROMA/ローマ

そう、あまりに使い古された常套句で申し訳ないが、『ROMA/ローマ』が最終的に提示するものは“愛”なのだ。

タイトルの「ROMA」を逆に綴ると「AMOR」。それはスペイン語で「愛すること」を意味するではないか!

アルフォンソ・キュアロンは生まれ故郷への愛を、自分を慈しみ育ててくれた乳母への愛を、そして家族への愛を、てらいなくタイトルに込めたのだ。

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