2019年の受賞作は?近年のアカデミー賞の傾向を設立経緯から解説&予想

今年も映画最大の祭典、米国アカデミー賞の季節がやってきました。映画ファンはワクワクしていることでしょう。そして、映画配給各社の関係者はこの賞の結果いかんで集客が大きく左右されるので、ドキドキしていることでしょう。

業界人や映画ファンのみならず、世間一般にも注目されるこのアカデミー賞ですが、誰がどんな基準で選んでいるのかご存知ですか?

アカデミー賞俳優部門ノミネートが2年連続で白人のみだったことを発端にSNSで起きた「白すぎるオスカー」騒動以来、アカデミー賞に多様性への尊重はあるのかが議論されてきました。何人ものハリウッド女優がセクハラを告発した「ワインスタイン問題」に端を発する「#MeToo」運動もそれに拍車をかけ、業界全体の人種差別、男女平等への訴えが強くなりました。

近年のアカデミー賞の結果にもそうした状況が反映されていると言われ、今年のノミネートのラインナップも如実に多様性の尊重を反映したものになっています。

アカデミー賞

多様性は重要ですし、業界に差別があるなら是正されるべきです。しかし、アカデミー賞にそれが反映されるのはどうしてなのか、もっと純粋に作品の質で評価すべきじゃないのか、という声もあるでしょう。

本記事では、そもそもアカデミー賞とはどのような成り立ちでどのような役割を担ってきたのか、誰がどのような基準で選んでいるかを解説していきます。最後には、それら背景を踏まえた注目作の受賞予想も。

アカデミー賞の成り立ちを紐解いてみると、なぜアカデミー賞が作品の質だけで選考されていないのかがわかるでしょう。

アカデミー賞はどうやって始まった?

アカデミー賞は、映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の会員によって選ばれています。この組織は映画業界人によって構成された組織で、外部の評論家やジャーナリスト、一般の人が会員になれる機会はほとんどありません。

AMPASは元々、監督や俳優に労働組合を結成される前に、有力な業界人を集めて労働問題などについて先手を打って議論することを目的に設立されたものです。(1920年代には、ハリウッドで働く専門職人たちが労働組合を組織し始め、賃金交渉などで経営者と対立することがしばしばありました)

そこで当時、映画の製作・配給を手がける巨大企業MGMの創業者ルイス・B・メイヤーを中心に、経営者主導の労使協調ができるような新しい組織を作ろうと提唱し、生まれたのがAMPASです。当初は賞の授賞式を行おうという考えもありませんでした。

メイヤーを始めハリウッドの重役たちは組合対策のためにアカデミーを組織しましたが、表向きにの看板として「映画芸術および科学の質の向上をはかること」を組織の目的に掲げ、組織の活動のひとつとして「優れた業績に対する表彰」が加えられました。

(出典:中央公論社「アカデミー賞 ―オスカーをめぐる26のエピソード」P30 川本三郎著)

蛇足的に付け加えられたためか、第1回のアカデミー賞は内輪のディナー晩餐会のようなもので、4分ちょっとで終了したそうです。それでも一度設置された賞ですから、徐々に大きくなり、歴史を重ねていくことで権威を獲得していきました。

現在のように華々しくショーアップされるようになったのは、1953年にNBCによる全国ネット中継が始まってからです。映画の祭典がテレビのためにショーアップするようになったわけですね。

アカデミー賞を選出する母体であるAMPAS自体が、(名目上は)産業発展のために組織されたものですから、アカデミー賞もまた映画産業発展にとって良いものを選ぶという傾向になります。純粋に作品の質だけで競うのであれば、業界人だけでなく外部から審査員を呼んだ方が公平性があるでしょう。

近年、「白すぎるオスカー」や「#MeToo」で映画業界の差別的な体質が社会問題として取り沙汰され、これの是正が急務だという認識をアカデミーは持っているはずです。

ならばアカデミー賞もまた、その意向を反映しやすい結果になるというのも自然なことでしょう。

アカデミー会員はどうやったらなれるの?

アカデミー会員になるためには、理事会からの招待が必要です。招待されるのは高い実績を残した映画業界人であるため、その基準は特に公表されていませんが、ハリウッドのトップスターや有名監督、プロデューサーなどは概ね会員であると思って良いでしょう。

会員数は、2017年1月の時点で6,687人だったという報道がありました。その後、2017年に774人、2018年には928人も新会員をリストアップしたそうですから、現在の会員数は8,000人近くになっているかもしれません。近年、急激に会員数が増加傾向にあるようです。

人種構成比率についても公式に明らかにされていませんが、2012年にL.A. Times紙がアカデミー会員の人種構成の偏りをスクープして以降、男女の比率、人種構成を是正しようと努力しているようです。

このスクープは「白すぎるオスカー」運動の呼び水となったニュースですが、2013年以降、新会員の招待数が劇的に増えており、白人男性以外の会員を増やそうとしている結果、新規会員の招待数が増えていると見られています。

また、ハリウッド以外の映画人を招待する動きも活発になってきています。新海誠監督や細田守監督、片渕須直監督なども新たな会員候補に選ばれたというニュースが報じられましたが、本人たちが受諾すればアカデミー賞の投票権も得られることになります。

近年のオスカーの予想がこれまでのようにはいかないのは、こうした急激なアカデミー会員の増加にも一因があります。新海監督や細田監督はハリウッドで仕事をしていませんが、そうした非ハリウッド系の人材も数多く迎え入れてきている背景を踏まえると、これまでの傾向とは違う作品が受賞する可能性は充分にあると考えられます。

他の賞を受賞していると有利なの?

世界には(もちろんアメリカにも)、アカデミー賞以外にたくさんの映画賞が存在します。そうした他の映画賞の結果を踏まえてアカデミー賞を占おうとする記事を多く見かけます。実際に他の賞を受賞しているとアカデミー賞でも有利になるのでしょうか?

それを知るには、まずアカデミー賞ノミネート作品がどのように選ばれているかを知る必要があります。

アカデミー賞ノミネートの対象となる作品は、その年にロサンゼルスの映画館で7日間連続で公開された長編作品です。日本では1年間に1,100本以上もの映画が公開されていますが、アメリカでも相当数の映画が毎年公開されているでしょう。

アカデミー会員は日々、映画の仕事をしている業界人なわけですが、全ての作品に目を通しているのでしょうか。それは考えにくいですよね。個々の会員が上映作全てを観ているわけではないでしょう。

そうなると、当然どこかで名を挙げた映画が有利になります。どこどこの映画祭でグランプリを獲ったであるとか、そうした情報をもとに当たりをつけて作品を選んでいくことになります。無論、何かの映画賞を獲るとポイントが加算されてノミネートに有利に働くということではありません。

近年はトロント国際映画祭で観客賞(ピープルズ・チョイス・アウォード)を受賞した作品が、ノミネートされることが多いですね。トロント国際映画祭は北米最大の映画祭で、北米市場においてその存在感はカンヌ以上とも言われています。

近年では、この観客賞を『ラ・ラ・ランド』や『スリー・ビルボード』が受賞しており、アカデミー賞でも各部門で受賞・ノミネートに輝きました。今年は『グリーン・ブック』が受賞していますが、やはり作品賞にノミネートを果たしています。

グリーンブック

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ちなみに、アカデミー賞にノミネートされる作品は年末に公開されるケースが多いですが、それも選考時期に少しでもタイトルを印象づけるためです(前回のアカデミー賞ノミネート選考が行われたのは2018年の1月)。前年の1月に公開された映画をすぐに思い出せないですよね。

今年の作品賞は『ROMA/ローマ』それとも『女王陛下のお気に入り』?

さて、上記のことを踏まえながら今年の作品賞はどの作品が受賞するのか、ちょっと予想してみましょう。

先述の通り、オスカー予想は作品の質の高さだけでなく、アカデミー会員の「腹を探る」ことが要求されます。それゆえに予想するのは難しいので、それ自体が娯楽要素が大きいですね。

トロント国際映画祭を制した『グリーン・ブック』は有力候補に違いありません。人種間の融和と理解をテーマにした作品でもあり、今のアカデミーが求める要素が詰まった作品です。ハリウッドのプロデューサーの団体であるPGA(全米製作者組合)の賞も受賞していることも大きいでしょう。

グリーンブック

しかし、この作品のプロデューサーと脚本を務めるニック・バレロンガが、過去に起こしたトラブル(反ムスリム的なツイートを蒸し返され炎上し謝罪した一件)がどう影響するか注目しています。作品賞はプロデューサーがオスカー像を受け取りますし、イメージが悪いと判断する会員がいても不思議ではないでしょう。

マーベル映画で初めて作品賞ノミネートとなった『ブラックパンサー』も現在のアカデミーの志向に合致する作品です。ただ、多くの技術賞を獲る可能性は高いですが、いきなり作品賞を狙えるかどうかは未知数です。

近年の傾向を見ると、エンタメ要素の強い大作系映画が必ず1つはノミネートしていますが、いずれも作品賞は逃しています。

ブラックパンサー

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スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』はどうでしょうか。スパイク・リーは2015年にアカデミー名誉賞を受賞していますが、授賞式を欠席しました。

理由は2年連続で俳優部門賞の候補者が白人しかいなかったための抗議の欠席です。こうした過去のボイコット行動が、アカデミー会員の心象にどう残っているのか、という点は気になります。

ブラック・クランズマン

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日本で旋風を巻き起こしている『ボヘミアン・ラプソディ』はどうでしょうか。ここにきてブライアン・シンガー監督の過去の性的スキャンダルが取り沙汰されており、逆風が吹いているかもしれません。

ボヘミアン・ラプソディ

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個人的な最有力候補は『女王陛下のお気に入り』と『ROMA/ローマ』とです。

女王陛下のお気に入り』はスキャンダル的な失点の少ない作品という印象です。『ROMA/ローマ』と並んで最多10部門にノミネートしている本作は、メインキャストがほとんど女性で、女性をフィーチャーした作品という点では、「#MeToo」以降の業界の風を受ける可能性はあるかもしれません。プロデューサーも4名中、2名が女性です(男性の2名のうち1人はヨルゴス・ランティモス監督)。

女王陛下のお気に入り

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ROMA/ローマ』は放送映画批評家協会と全米監督組合賞を連続で受賞し、今勢いに乗っています。Netflixもかなりプロモーションに力を入れているようです。本作も非白人を題材にした作品ですので、現在のアカデミーの傾向とも合致します。しかしスペイン語でモノクロ、さらにNetflix作品であることがどのように受け止められるのか未知数な部分があります。

Netflixをはじめとする動画配信サービスに対する対抗意識のようなものはだいぶ緩和されてきているとは思いますが、選ぶのは評論家ではなく、映画業界人ですからなんとも言えない部分がありますね。

ローマ

ただ、前述したように、非ハリウッド圏の映画人も会員に招き始めていますから、その意味ではスペイン語であることは大きなハンデにはならないかもしれません。日本語をしゃべる“こんまり”さんが全米で大人気になるご時世でもあります。それに、アメリカ以外に住んでいる会員にとっては、むしろNetflixで観られる『ROMA/ローマ』が一番身近な作品と言えるかもしれません。

『ROMA/ローマ』に関しては外国語映画賞にも同時にノミネートしているのが気になります。もし同時受賞ということになれば、史上初の快挙ですが、Netflix作品に史上初の快挙を与えようと判断するアカデミー会員は少なそうな気もします。

そうすると、外国語映画賞だけの受賞に留まるのか。もし逆に作品賞のみを獲るようなら、是枝裕和監督の『万引き家族』にも受賞のチャンスが来るかもしれません。

運命の第91回アカデミー賞授賞式は2月24日(日本時間では25日)。どの作品が受賞するのか、楽しみですね。

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※2021年1月30日時点のVOD配信情報です。

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