巨匠マーティン・スコセッシ監督が、レオナルド・ディカプリオと6度目のタッグを組んだ超大作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』が、10月20日(金)より劇場公開中だ。
原作は、デイヴィッド・グランによるノンフィクション・ノベル『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』。『タクシードライバー』(76)など数々のスコセッシ作品で主演を務めてきたロバート・デ・ニーロをはじめ、ジェシー・プレモンス、リリー・グラッドストーンら豪華キャストが出演している。
という訳で今回は、話題作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』についてネタバレ解説していきましょう。
映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023)あらすじ
地元の有力者である叔父のウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼ってオクラホマへと移り住んだアーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)。アーネストはそこで暮らす先住民族・オセージ族の女性、モリー・カイル(リリー・グラッドストーン)と恋に落ち夫婦となるが、2人の周囲で不可解な連続殺人事件が起き始める。町が混乱と暴力に包まれる中、ワシントンD.C.から派遣された捜査官が調査に乗り出すが、この事件の裏には驚愕の真実が隠されていた……。
※以下、映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のネタバレを含みます
登場人物&キャスト
アーネスト・バークハート/レオナルド・ディカプリオ
第一次世界大戦の帰還兵。オクラホマへは叔父・ヘイルを頼りやってきた。モリーと恋におち結婚する。その際、ヘイルに、モリーの一家がもつ受益権を奪う話を持ちかけられており、モリーを愛しながらもその企みに協力することになる。事件の真相が明るみになった際、ヘイルを守る動きを見せるが、自身の子、リトル・アナの死を受け真相を告白する。
ウィリアム・ヘイル/ロバート・デ・ニーロ
アーネストの叔父。別名“キング”。オセージ族の石油の利権に目をつけ、アーネストやアーネストの弟・バイロンを引き込み事件を起こす。表の顔は穏やかで、オセージ族に対して理解ある風を装い、街にバレエ施設を作るなど、貢献も示している。
モリー・カイル/リリー・グラッドストーン
アーネストの妻。“純血”のオセージ族で四姉妹。アーネストとの間に3人の子を授かる。妹・ミニーをはじめとする母や姉妹たちの死に憤りを覚え、探偵や政府に調査を依頼する。アーネストの前に、幼馴染のヘンリーと結婚していた。糖尿病を患っており、その治療を装い殺害されかける。
ミニー/ジリアン・ディオン
モリーの妹。モリーの家族の最初の被害者。衰弱死。
モリーの姉。気が強く、飲酒しては度々騒ぎを起こす。酔ったところを森に連れ込まれ、そのまま射殺されてしまう。
リータ/ジャネー・コリンズ
モリーの姉妹。家に爆弾を仕掛けられ、夫のビルとともに爆死してしまう。
リジー・Q/タントゥー・カーディナル
モリーの母。衰弱死。
ヘンリー・ローン/ウィリアム・ベルー
モリーの幼馴染。過去にモリーと結婚。オセージ族のしきたりで離婚は禁じられているため、事実上、婚姻状態のままではないかと疑われる。受益権を心配したヘイルとアーネストの企みによって、射殺されてしまう。
ケルシー・モリソン /ルイス・キャンセルミ
爆弾の扱いを得意とする。アーネストに依頼され、リータとビル夫妻の家に爆弾をしかけ殺害。
トム・ホワイト/ジェシー・プレモンス
FBI捜査官。モリーの一家殺人事件を追う。
W・S・ハミルトン/ブレンダン・フレイザー
ヘイル側の弁護士。事件の真実を告げてしまったアーネストに対して、警察に無理やり供述させられた、と言質をとり、ヘイルの無罪を勝ち取ろうとする。
物語の元となったネイティヴ・アメリカンにまつわる、アメリカの黒い歴史劇
本作は、1920年代初頭にオクラホマ州で発生した実際の連続殺人事件を元にしている。その背景には、石油マネーが絡んでいた。20世紀初頭、この土地に長らく暮らしていたオセージ族は、白人によってネイティヴ・アメリカン居住地区に追いやられてしまう。ところがその土地で石油が採掘され、生産量に基づくロイヤリティによって巨額の富を手にすることになる。
もちろん、白人にとっては面白くない。オセージ族に有り余る富を管理する能力はないと勝手に決めつけ、1921年には「先祖の血が半分以上混じっているオーセージ族は、裁判所によって後見人を任命すること」という法律を定めてしまう。財産は後見人によって管理され(そのほとんどは、地元の白人だったと言われている)、オセージ族は自由にお金を使うことができなくなってしまった。やがてオセージ族の財産を狙って、凄惨な殺人事件が多発するようになる。1925年までに少なくとも60人のオセージ族が死亡し、彼らの土地は地元の弁護士や後見人に相続された。
これ以上の犠牲を出すまいと、オセージ族は私立探偵を雇って事件を解明しようとするが、その探偵も地元の白人たちによって危害を加えられてしまう始末。潮目が変わってきたのは、コロラド州の新聞がこの事件を「恐怖の支配」と報じ、次第に全米の注目を集めるようになってから。そして遂に、この事件にFBI(連邦捜査局)が乗り出すことになる。初代長官・ジョン・エドガー・フーヴァーの命令によって、捜査官たちが事件解決のために送り込まれ、オセージ・ヒルズのキングとして知られていた名士ウィリアム・ヘイルが逮捕される。
ヘイルは甥にあたるアーネスト・バークハートとブライアン・バークハートをオクラホマに呼び寄せ、純血のオセージ族と結婚するように仕向けていた。最終的な目標は、一族を殺害して莫大な富を相続すること。全ては、血と欲にまみれた策謀だったのである。裁判の結果、アーネストと共にヘイルは終身刑を言い渡される(1947年に仮釈放され、1962年に死亡)。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、ネイティヴ・アメリカンにまつわるアメリカの黒い歴史劇であると同時に、当時はまだ認知されていなかったFBI誕生譚でもあるのだ。ちなみにレオナルド・ディカプリオは、クリント・イーストウッド監督作品『J・エドガー』(11)で、ジョン・エドガー・フーヴァーを演じている。ちょっとした奇縁を感じざるを得ない。
ディカプリオが抱いた懸念。ストーリーが変わった理由とは
マーティン・スコセッシは、デイヴィッド・グランの『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』を読んで、「これは映画化しなくてはいけない作品だ!」と決意したという。2019年にパラマウント・ピクチャーズが本作を配給することが発表されると、スコセッシはオクラホマ州のオセージ地区を訪れ、主席酋長と映画化に関する話し合いも行った。その後新型コロナウイルスの影響で撮影が無期延期となり、予算超過にパラマウントが懸念を示していたが、Apple TV+が共同出資と共同配給を行うことで資金面の解決をみる。潤沢な予算と豪華なキャストによって、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は順風満帆な船出を迎える。
だが、ディカプリオはこの映画に関してもう一つ懸念を抱いていた。オセージ事件は、完全に忘れ去られていたアメリカの黒歴史。「この物語を真実に近い形で語ることによって、癒しのプロセスになり得る」と彼は考えていた。だが、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)や『ミュンヘン』(05)で知られる名脚本家エリック・ロスによるシナリオは、FBIが事件の真相を追求するミステリー・ドラマにとどまっていた。そこに彼は異議を唱えたのである。
「(エリック・ロスによるシナリオは)オセージ族の核心に迫るものではなかった。オクラホマという、非常に激動的で危険な時代の文化や力学を法医学的見地から理解するというよりは、探偵の捜査のように感じられたんだ」
(レオナルド・ディカプリオのインタビューより抜粋)
そしてスコセッシは、ディカプリオの異議を全面に受け入れる。彼もまた、物語の焦点はミステリーではないと感じていた。
「『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』では、デイヴィッド・グランが見事に描写したストーリーを、私は限界まで追求した。エリック・ロスと私は、この作品が警察ドラマになりつつあるように感じていたよ。(中略)そうしたら、レオに “物語の核心はどこにあるんだ?”と聞かれたんだ。私は、アーネストとモリーのラブストーリーにこそ核心があると言った。でもそこに焦点を当てると、何年も取り組んできた脚本をひっくり返さなければならなくなる。だから脚本を完全に作り直したんだ」
(マーティン・スコセッシへのインタビューより抜粋)
当初は、ディカプリオがFBI捜査官トム・ホワイトを演じ、連続殺人事件を解決する英雄として振る舞うはずだった。だがディカプリオは、最終的にウィリアム・ヘイルの甥アーネストを演じることを選択する。悪魔のような策略を立てる叔父と、愛する妻モリーとの間で揺れ動くアーネストの葛藤こそが、このドラマの根幹であると考えたからだ。
「ある時点から、私は白人についての映画を作っていることに気付いた。つまり、外側から内側へのアプローチをしていることに気が付いたんだ。ディカプリオは、この映画の核心はFBIの誕生ではなく、アーネストとモリーのラブストーリーだと分かっていた。それが映画の核となったんだ」
(マーティン・スコセッシへのインタビューより抜粋)
カンヌ国際映画祭の記者会見で、マーティン・スコセッシはこの作品について「It’s not a whodunit. (これはフーダニットではない)」と語っている。フーダニットとは、犯人当てに焦点を当てた本格ミステリー形式のこと。あくまでこの映画は、whydunit(ホワイダニット=なぜこのような事件が起きたのか)にスポットを当てた作品なのだ。
デ・ニーロ、ディカプリオの擬似的な父子関係
レオナルド・ディカプリオとロバート・デ・ニーロは、かつて『ボーイズ・ライフ』(93年)という映画で義理の父親と息子という役柄で共演している。
まだティーンエイジャーだったディカプリオにとって、この名優と一緒に芝居することは大きな転機となった。
「僕のキャリアは、『ボーイズ・ライフ』でトビー役のオーディションを受け、そして役を得たことから始まったんだ。彼(デ・ニーロ)と仕事をし、彼のプロ意識とキャラクターの作り方を見たことは、僕の人生とキャリアの中で最も影響を受けた経験のひとつとなった」
(レオナルド・ディカプリオのインタビューより抜粋)
『ボーイズ・ライフ』では、紳士的で優しいと思っていた継父が、実はサイテーな暴力男だったことが分かっていく。そう、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』とアウトラインが一緒なのだ(ヘイルの場合は、わりと序盤で最低野郎であることが判明するが)。
そしてスコセッシ映画には、『ハスラー2』(86)、『最後の誘惑』(88)、『グッドフェローズ』(90)、『ギャング・オブ・ニューヨーク』(01)、『ディパーテッド』(06)と、擬似的な父と子の愛、そして裏切りというモチーフが繰り返し使われている。叔父と甥という間柄とはいえ、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』も明らかにその系統に連なる作品だ。
マーティン・スコセッシの盟友的存在であるロバート・デ・ニーロと、ゼロ年代以降数多くタッグを組んでいるレオナルド・ディカプリオを擬似的な父子として描くことは、スコセッシ映画として必然だったのかもしれない。
ディカプリオ=ヴィトー・コルレオーネ
筆者はこの映画を観ているあいだ、ディカプリオの表情にずーーーっと違和感を感じていた。普段よりも顎を突き出して、何だか妙にシャクレ顔。どこかで観たことがある顔だな…と思っていたのだが、映画の終わり近くになってようやく気がついた。これって完全に、『ゴッドファーザー』(72)でマーロン・ブランドが演じていたヴィトー・コルレオーネではないか。
終盤のFBIに尋問されるシーンで、真上から照明が当たってディカプリオの目が影に隠れて見えないショットがあるのだが、その顔が『ゴッドファーザー』でヴィトーがネコを抱いているファースト・シーンにそっくりなのだ。当時47歳という若さだったマーロン・ブランドは、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』撮影時のディカプリオと年齢も変わらない。
前述の『J・エドガー』のジョン・エドガー・フーヴァー役をはじめ、『ジャンゴ 繋がれざる者』(12)の悪徳農園主だったり、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)の口八丁手八丁な成金男だったり、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)の落ち目俳優だったり、レオナルド・ディカプリオはスターとは程遠い役を好んで演じている。見た目をヴィトー・コルレオーネに寄せることで、彼は演技派俳優としての自分をアピールしているのだろうか?
これは完全に筆者の妄想だが、第2作『ゴッドファーザー PART II』(74)で若き日のヴィトー・コルレオーネを演じていたのは、ロバート・デ・ニーロだった。自分もまた叔父と同じような悪の因子を引き継いていることを、偉大なるマフィア映画『ゴッドファーザー』を通じて伝えたかったのではないだろうか。…たぶん違うと思うけど。どなたか、理由が分かったら教えてください。
作品情報
Apple Original Films『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
上映日:2023年10月20日(金)より世界同時上映
監督:マーティン・スコセッシ
脚本:エリック・ロス、マーティン・スコセッシ
配給:東和ピクチャーズ
公式サイト:kotfm-movie.jp
画像提供:Apple
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2023年10月20日(金)時点の情報です。