6000人のユダヤ難民を救った日本のシンドラー:明かされる真実の物語『杉原千畝』

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マリナ

12月5日に公開となる映画『杉原千畝』(すぎはらちうね)

杉原千畝

このタイトルは映画の主役である実在した日本の外交官の名前です。彼は第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ難民にビザを発給し、6000人にのぼるユダヤ難民を救済したと言われています。

その彼の物語を伝えようとこの度国内外のスタッフが結集。ほぼポーランドロケで撮影が行われ、この映画が作られました。なぜ杉原は自らの危険を顧みずビザを発行し続けたのか。終戦から70年経った今明かされるその真実の物語を今回ご紹介致します。

杉原千畝の激動の人生

物語は1934年の満州から始まります。当時満州国外外交部で働いていた杉原。しかしそこでその後の彼の人生を大きく変える出来事が起こります。一体何が彼の人生を変えたのか。そしてなぜユダヤ難民にビザを発行することになったのか。その激動の人生を追っていきましょう。

優秀な外交官から「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」へ

満州国外外交部で働く杉原はソ連から北満鉄道の経営権を買い取る交渉を有利に進めるための情報を集めていました。交渉はなんとか成功させることができましたが、その際、杉原に協力していた関東軍が裏切り、ある暴挙を起こしてしまいます。

交渉の成功は日本では賞賛されたものの、その事件などが原因でソ連は彼に「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」を発動。長年夢見ていたモスクワへの赴任が決まっていた杉原でしたが、入国を拒否されてしまうこととなります。

夢のモスクワ赴任からリトアニアへ

夢のモスクワ赴任がなくなってしまった杉原。どうすることもできず失意の中日本にいた彼に外務省からリトアニア・カウナスへの赴任が命じられます。

そうして1939年、杉原はカウナスで日本領事館を開設。責任者とし、現地で出会った仲間と共にヨーロッパの情勢を分析し日本に発信していくこととなります。

第二次世界大戦勃発。杉原の元に押し寄せるユダヤ難民たち

そのさなか、第二次世界大戦が勃発。ドイツ軍に追われるユダヤ難民たちは助かる道を求め、各国の領事館に赴きビザの発行を願いますが、どの国も彼らへのビザの発行を拒否します。

杉原千畝

行き場を失った彼らは、最後の希望日本領事館へ押し寄せます。来る日も来る日もビザが発行されることを願いただひたすら日本領事館の前で待つユダヤ難民たち。

しかし、日本が彼らへビザを発行するためには十分な費用を持っていることなど数々の条件が必要であり、どうすることもできない杉原はただ領事館の窓から彼らを眺めるだけの日々が続きます。

ユダヤ難民の惨状を知った杉原。彼のとった決断とは

虚しく日々が過ぎていく中、杉原は知人を介して出会ったユダヤ難民から彼らが受けた出来事、その酷い惨状を知ることとなります。それを知った杉原はついに独断でビザを発行することを決めます。

彼のもとにやってきたユダヤ難民の中には条件を満たしていないものはおろか、明らかに怪しいパスポートを持つ者などもいます。さらにビザを発行したところで彼らが無事に助かることができるかの保証もありません。

杉原千畝

ですが杉原は自分が彼らにできることはこのビザを発行することだけ、と次々にビザを発行。領事館が閉鎖された後もホテルや駅などで多くのユダヤ難民にビザを発行し続けます。

杉原千畝

しかしとてつもない数のビザを発行したことで日本政府は押し寄せる難民に困惑。さらに杉原はドイツから目をつけられ危険な目に合うこととなります。

日本の未来を危惧した杉原。彼とユダヤ難民の行方は

そんな危険な状況の中、ビザを発行し続けた杉原はその後ドイツへ赴任。このヨーロッパの情勢から日本が辿る悲惨な運命を予見した杉原はなんとかそれを回避させようと日本に訴えますが、その思いもむなしくついに日米戦争が始まります。

杉原千畝

さて、その後杉原はどのような道を辿るのか。また杉原が発行したビザを受け取ったユダヤ難民たちの行方はどうなるのでしょうか。最後まで目が離せない真実の物語が今明かされます。

唐沢寿明が熱演。ポーランドからも人気俳優が集結!

今回この杉原千畝を演じたのは唐沢寿明。全編ほぼ英語のセリフに加え、ロシア語なども披露。コミカルな部分を一切排除した迫真の演技で杉原千畝を見事に演じています。

また、共演陣には日本のみならずポーランドで絶大な人気を誇る俳優たちも出演。撮影もほぼポーランドで行われ、より当時の時代背景がよく分かる作品となっています。

杉原千畝

「世界を変えたい」杉原千畝の熱い思いがあふれた作品

杉原の心の中にはいつもある思いがあふれていました。それは「世界を変えたい」。第二次世界大戦という大きな混乱のさなか、ただその一心で世界のため、日本のために動き続けた杉原千畝。

終戦から70年、今明かされるその真実の物語。これまで杉原千畝という人物を知っていた人も知らなかった人も、是非映画館でその彼の熱い思いを受け取ってみてください。

(C)2015「杉原千畝 スギハラチウネ」製作委員会

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  • にっきい
    3.6
    "センポ"なんて名前嫌だ! 実は公開前に試写会が当たったのに、仕事の都合が付かずに諦めた作品。 でも観たかったので公開を待ってからお金を払って観てきましたw ペルソナ・ノン・グラータの話し。 スピルバーグの『シンドラーのリスト』で初めて多くのユダヤ人を救ったオスカー・シンドラーと言う人物を知って、その後彼以外にも多くの人物がいたこを知ることになります。 それが僕の場合は勿論映画からなんですけどw そしてセンポ・スギハラと呼ばれた杉原千畝もその1人。 直接的にユダヤ人を匿ったり、逃亡の手助けをするのではなく、外交官として出来る事、日本通過のビザを発給し続けた。 それは領事館でだけではなく、退去直前の駅のホームでまで続けた。 まあこの辺りはフィクションかもしれませんが。 勿論杉原千畝1人が成し遂げた事ではなく、多くの人々が意思を継いでくれたからこそ、この偉業は成し遂げられるんです。 そして時代は大戦へとまっしぐら。 外交官に詳しくはないので驚きだったんですが、外交官特権があり自由に行動ができて逮捕されない、そんな地位の人物をスパイに使わない手は無いですよね。 と言うわけで一部は諜報外交官として、スパイ活動をしてたそうです。 杉原千畝もその1人で、その辺りも描かれてるのでただの感動的な話しとしてだけではなく、娯楽作としても楽しめます。 本国の命令を無視してビザを発給し続け、外交官としては最低、でも諜報員としては有能だったから捕虜として捕まり、戦後も外務省からは存在を消され、それでも彼のやった事は後に語り継がれるんです。 だからもし、かれの発給した2139枚のビザの事を日本人が知らなくても、それは決して無駄ではなかったのですよね。 コロナ自粛が続く中、ワーナーはクリストファー・ノーランの新作を7月に強行公開するらしいと噂が。 勿論自粛は大事だと思いますが、この話しは映画ファンとしては嬉しいですよね! まず大手の配給会社やシネコンが道を作ってくれないと、ミニシアターが続く事が出来ないですから。 *********鑑賞記録********* 鑑賞日:2015年12月7日 鑑賞回:ー 劇場名:イオンシネマ京都桂川 座席情報:Screen8 H-21 上映方式:2D 通常 レーティング:G 上映時間:139分 備考:過去鑑賞記録、ハッピーマンデー ********************** NEXT▶︎▶︎▶︎『ゴジラ対ヘドラ』
  • Ryohei
    4
    20世紀初頭、ナチスによるホロ・コーストによって逃げ場を失ったユダヤ避難民たちに、唯一の助けである『命のビザ』を外交官としての行動規範を破ってでも最後の最後まで発給し続けた男の半生の物語。 「理念」と「現実」を照合しつつ、「愛」を最終的規範として判断したこと 倫理の授業で扱ったイエス・キリストによる黄金律『隣人を自分のように愛しなさい。』(マタイによる福音書22:39) 犠牲愛 中身がつまりきった"Thank you" 現代では、隣人を愛すると他の隣人に嫌われる。それは繋がりすぎてしまったが故の賜物かそれとも弊害か。
  • だまや日記
    3.7
    ユダヤ人に命のヴィザを発給し続けた日本人、"杉原千畝"の話 彼の功績は、教科書だけではとても学べず、どれほど偉大だったか知らない人もきっと多い。 当時同盟を結んでいたドイツや、本国である日本を裏切ってまで、ユダヤ人を助けたこと、本当に立派だと感じた。殺されていてもおかしくなかったのに。 でも、日本が彼の功績を称えて受賞したのが2000年というのが本当に驚いた。こんなにも後から讃えられるものなんだ。 カウナスの駅を経つ直前まで、手書きでヴィザを書き続けた杉原千畝を誇りに思う。
  • PonPon
    3.5
    なかなか。
  • ヒロポン
    2.5
    小雪 0.2秒位演技が遅くていちいち気になるが、それが小雪の評価されてるとこ? 早よ国を出なかった人が辛い思いをするのはアドルフに告ぐ的。 杉原千畝さんのwikiの充実さがヤバイ
杉原千畝
のレビュー(5911件)