国民的アイドルグループが体制側へ下った理由と『殺されたミンジュ』

Why So Serious ?

侍功夫

某国民的アイドルグループをめぐる騒動は、事務所による制裁を恐れたメンバーらが詫びを入れることで契約の続行が決まった形で終結しました。

5人いるメンバーの内、4人が独立を決めたのにも関わらず、制裁措置を恐れた一人が残留したことで、最終的に4人が折れたという様子から、メンバー間には何故か民主主義的な考え方は無く、苦しくても、冷遇されても、世話になったスタッフを裏切ってでも独裁的な事務所への「隷属」「現状維持」「体制支持」を選択しているようにも見えます。

彼らは何故、そのような決断を下したのでしょうか?

『殺されたミンジュ』

映画を作れば必ず問題作になる鬼才キム・ギドク監督の最新作殺されたミンジュが1月16日より公開されています。

殺されたミンジュ

(c) 2014 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

まだ幼さが残る女子高校生“ミンジュ”が数人の男たちにより殺されます。その1年後、謎の集団「シャドウズ」により、ミンジュ殺害に関わった者たちが一人づつ拉致され、拷問にかけられ、事件の供述書を書かされていくのです。

映画は「シャドウズ」メンバー達の生活と、徐々に綻んでいく彼らの計画を描いていきます。

7人の「シャドウズ」

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(c) 2014 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

「シャドウズ」7人のメンバーは、それぞれ社会的に“底辺”とされる生活をしています。アメリカの大学を卒業したものの就職先も無くくすぶっている青年、家族の病気のためにサラ金からお金を借りてしまった男、暴力的で独占欲の強い男に支配されている女、などなどです。

しかし、彼らはそうなってしまった一方で、その境遇を受け入れてもいます。高学歴の男はそのプライドから就職活動へ踏み出せません。借金男はマトモに働いていたらキリが無いと思ったのか、よりにもよって宝くじに有り金をはたいてしまいます。ヒモ女は暴力に耐えてさえいれば甘い言葉をかけてくれ、その上お金もジャブジャブくれるのでDV男に依存しています。

しかし、不満は抱えています。その不満をミンジュ殺害犯へ向けているのです。

「シャドウズ」を苛む者

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(c) 2014 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

ミンジュ殺害の実行犯で最初に拷問にかけられ供述書を書いた男と、シャドウズのメンバーたちを苦しめる、それぞれの人物は同じ俳優が演じています。通常の映画であれば「実は同一人物だった」といった物語的な理由がつけられますが、キム・ギドク監督作品だという前提で考えれば「それぞれ、彼らを苦しめる同じ理由」を記号的に象徴していると捉えるべきでしょう。

最初に供述書を書いた男は拉致される直前のデート中、恋人に仕事のことを聞かれ「上司に言われたことをただただ実行するのみだ」と嘯きます。変化を恐れ、上司に目を付けられることを避け、唯々諾々と言われるがママに行動していく男は不満があっても受け入れる、つまりは「シャドウズ」メンバーと同様に「弱さ」故、少女殺害に及んだのです。

殺された少女“ミンジュ”とは?

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(c) 2014 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

「シャドウズ」リーダーは、自らの境遇に不満を持つ者たちを集め、ミンジュを殺した奴らを一人づつ拷問にかけます。その手口は回を重ねるごとに残酷になり、他のメンバーたちは次第に恐れをなしていき、遂に謀反まで起こします。

映画冒頭で殺される少女の名前「ミンジュ」は「民主」をハングル読みしたものです。つまり本作の冒頭では「民主主義の死」が象徴的に描かれています。

映画文脈でこの記号を読み解くとすれば、「民主主義を踏みにじり圧政を強いた政治上層部にたてついて犯行を認めさせようとしたら、その圧政に苦しんでいるハズの国民が弱さ故にそれを止める」という物語になるでしょう。

現状維持を望んでも自体は悪化する

『殺されたミンジュ』は賄賂が横行する韓国の政治/社会に着想を得たそうですが、普遍的な社会構造としても捉えることが出来る様に作られています。

実際、今の日本の政治状況を見ても、年金をガンガン溶かし、派遣法を改悪し、富める者をより繁栄させ、今まで確固として守っていた不戦の誓いをかなぐり捨てている政権与党が選挙で勝利を収めてしまっています。

本項冒頭で例に挙げた某国民的アイドルグループにしても同じです。体制が悪いと解っていても変革する勇気を持たず、現状維持にすがり、結果として現状すら改悪させていくのです。

それらを踏まえれば、『殺されたミンジュ』ラスト近く「シャドウズ」リーダーの独白は、さらに重く、深く、辛く、私たちにも迫ってきます。

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  • ヤムチャン
    3.3
    個人的に今は亡きキム・ギドクの思想が色濃く作品に反映されていると思う。同じ俳優を何度も登場させる意図や強者と弱者への視点転換、すべては人間模様を暴力という装置で力業にみせることで、他人を攻撃し、自らを正当化する現代社会への投石。殺されたミンジュの委細にあまり拘らない点も大局的には物語をエンタメ化するため、何者でもないコスプレによる偽装社会に準じているからに他ならない。
  • ホリエ
    3
    他作品よりもキム・ギドク感は薄いけど、バリエーション豊かなコスプレバイオレンスが楽しめる。拷問する度みんな「指示されたから実行した」と自分に罪はないことを主張し続ける人達も、自分には無関係の復讐を利用して他人を痛めつける事を正当化している人達も、被害者でもあり加害者でもあるんだな。 一度悪い事をした人なら何されても許されるという現代の風潮にも通ずる問題をテーマにしていて、考えさせられる部分が多かった。
  • ozp
    3.2
    搾取する側とされる側、民主主義が崩壊している自国の批判。搾取する側を1人何役か同じ人が演じているあたりが少し変化球ではあるけど全体通してキムギドクにしては単調な表現の仕方と思った。珍しく(?)演技派マブリーは良かったのに仲間の意志の弱さに終始イライラ。このへんも風刺に含まれてるんだろうけど。
  • 松井の天井直撃ホームラン
    -
    ↓のレビューは。鑑賞直後にメモしていたモノを、以前のアカウントにて投稿したレビューになります。 ☆☆☆★★ 【毒をもって毒を制す】 いつもの様にキム・ギドク節炸裂。 暴力に対抗しうる最大の武器は、やはり暴力なのだろうか? それを自制する心が人間にはあるのか? 本当の暴力とは何か? キム・ギドクが観客に問い掛ける。 終盤で将軍が「俺がライギョになってやる」と挑発する。 映画では併せ鏡の様な存在の二人に、最後は鉄拳制裁を与える結果になる。それを遂行するのは現場の言わば《作業員》。 だがその前にある人物が、リーダーの前に現れていた。 1人8役らしいのだが(7役まで気が付いた)同一人物がこの映画の鍵を握っている。 ・このリーダーの住家に現れる2役は、暴力と平和との対比として。 ・隊の中に唯一存在する女のDV彼氏は、日常に蔓延る暴力の象徴として。 ・アメリカ留学の経験がある男隊員の兄は、言葉の暴力の象徴であり。取り立て屋として弱い人間に対しての暴力。 ・レストラン勤めの男隊員と、若い女性に対してセクハラ紛いの行為をする男は。客と店員:男と女と言った立場を利用する暴力の象徴として描かれている様に見受けられる。 隊員達の意見は割れ、次第に秩序は崩壊する。 以下は私がこの作品を観ての一方的な感想ですが。一見すると暴力の連鎖の恐ろしさや、虚しさを扱っている様に見えるのだが。実はある程度の暴力が存在するからこそ、社会には秩序が保たれている…と描かれている様にも感じた。 極論になるが、死刑制度の有無や功罪にまで、話が及んでいる可能性すら秘めている作品とも言えまいか。 (2016年1月23日 ヒューマントラストシネマ有楽町/シアター2)
  • 2.7
    全部安っぽいのがほんまイラつく
殺されたミンジュ
のレビュー(1679件)