映画『ミッドサマー』“9”と“13”に隠された意味とは?時系列で伏線に注目するとどうなる?徹底考察【ネタバレ解説】

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

映画『ミッドサマー』を解説!本作の伏線を時系列で追うとどうなる?話題のフェスティバル・ホラーをネタバレありで徹底考察する。

日本では2020年の2月に劇場公開され、観客を恐怖のどん底に叩き込んだ『ミッドサマー』。太陽が沈まないスウェーデンの村を舞台に繰り広げられる、“明るいことが、おそろしい”フェスティバル・スリラーだ。

さっそく今回は『ミッドサマー』をネタバレ解説していきましょう。願わくは、この記事を読んだ全ての者に栄光のニシンを。

映画『ミッドサマー』(2019)あらすじ

家族を不慮の事故で失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人と共にスウェーデンの奥地で開かれる”90年に一度の祝祭”を訪れる。美しい花々が咲き乱れ、太陽が沈まないその村は、優しい住人が陽気に歌い踊る楽園のように思えた。しかし、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりだった。(公式サイトより)

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※以下、映画『ミッドサマー』のネタバレを含みます。また『ヘレディタリー/継承』についてもネタバレを含む記述がありますので、ご注意ください。

アリ・アスターの失恋から生まれた“フェスティバル・スリラー”

「現代ホラーの頂点」と激賞され、世界中を恐怖で凍りつかせた『ヘレディタリー/継承』(2018)。

この成功で一躍注目の的となった監督のアリ・アスターが、次回作に選んだのは北欧スウェーデンを舞台にした“フェスティバル・スリラー”。スウェーデンは、アリ・アスターが敬愛する映画監督イングマール・ベルイマンを生んだ国。太陽が沈まない村を舞台にすることで、暗闇の演出が秀逸だった『ヘレディタリー/継承』とは真逆の、“明るいことがおそろしい”祝祭を描いたのだ。

アスターは脚本の執筆にあたって、スカンジナビアとゲルマンの神話を徹底的に研究し、美術館や古代の農場を見学しまくり、植物や絵画、挙句の果てにはバイキングが行なっていた拷問の研究にまで手を出した。しかしこの映画のインスピレーションとなったのは、意外にも彼の失恋体験。そして当時の彼の苦しみを投影したのが、ヒロインのダニー・アーダーなのだ。

アリ・アスターのコメントを抜粋しよう。

私は彼らをカルトとは見ていません。彼らはそうかもしれません。しかし、私は彼らをカルトとは決して呼びませんでした。私にとって、彼らはコミュニティであり、家族です。

(中略)

同時に、これはおとぎ話であり、まさにダニーが必要としているものです。良くも悪くも、これは願いを叶えるファンタジーです。これは本当にネタバレですが、映画はダニーが家族を失ったときに始まり、ダニーが家族を獲得したときに終わります。そして、良くも悪くも、彼らは彼女が欠けているものを正確に、そして彼女が必要としているものを正確におとぎ話のように提供するためにそこにいます。
(VOXインタビュー記事より抜粋)

彼は失恋で受けた傷から立ち直るために、何よりも自分自身が治癒されるために、この映画を撮ったのだ。

ミッドサマー』を時系列で徹底ネタバレ解説

では、ここからは時系列で『ミッドサマー』を追っていこう。なおここで参照するのは、上映時間 148分の劇場公開版。171分あるディレクターズ・カット版ではないので、ご注意を。

1.オープニング(0:00:00〜)

美しいハープの旋律にのせて登場する、色鮮やかなタペストリー。実は『ミッドサマー』の大まかなストーリーが、四分割されて示されている。

(1)ダニーの死んだ家族、頭上には死神の姿。
(2)傷ついたダニーと、彼女を慰めるクリスチャン。天上からそれをペレが見つめている。
(3)ペレに連れられてホルガにやってきたダニーと、その仲間たち。
(4)太陽の真下で、メイポール・ダンスを踊る女性たち。

家族の一家心中という「冬」の季節を乗り越え、ホルガのコミュニティに迎え入れられて喜びの「夏」の季節を迎えるという、ダニーの精神的旅路が描かれているのだ。

タペストリーの暗示通り、映画は雪に覆われた森のシーンから始まり、突如けたたましい電話のコール音が鳴り響く。

2.ダニーの家族の死(0:01:32〜)

妹からのメールに不安になったダニーが、留守番電話にメッセージを残すシーン。枕元に、花冠を被っているダニーの写真が飾られてることに注意!

やがて、家族の死を知って泣き叫ぶダニー。漆黒の闇の中で雪が降るシーンに切り替わり、再び「冬」が強調される。

3.スウェーデン旅行の計画(0:12:35〜)

家族を失った哀しみで、放心状態でベッドに横たわるダニー。彼女のベッドには、スウェーデンの画家ヨン・パウエルの作品「女王と熊」が飾られている。可愛らしい絵だが、メイクイーンとなるダニーと、熊の皮を着せられるクリスチャンの運命を暗示したものと考えると、うすら恐ろしい。

また、クリスチャンのアパートの冷蔵庫の上には、『オズの魔法使』(1939年)に登場するカカシの写真が飾られている。カカシはワラで出来ているため、極端に火を恐れているという設定だ。これもラストの暗示になっている。

ちなみにアリ・アスターは、

It’s a Wizard of Oz for perverts.
『ミッドサマー』は、変態のための『オズの魔法使』だ。

という物凄いコメントをカマしている。実は本作は、主要キャラクターの4人が『オズの魔法使』のキャラクターと符合しているのだ。

・家族を失っても、なお本当の家族を求め続けるダニー=家に帰りたいドロシー
・ダニーと別れる勇気のないクリスチャン=臆病なライオン
・論文の事ばかりで、他人を思いやる心がないジョシュ=心を持たないブリキの木こり
・女の子のことばかり考えているアホなマーク=知恵がないカカシ

4.一路スウェーデンへ(0:22:57〜)

アパートのトイレに駆け込んだかのように見えて、実はスウェーデンに向かう飛行機の中だった、というのがいかにもアリ・ラスターらしい視覚的トリック。降下直前の飛行機の激しい振動も不吉な暗示だ。

その後一行は、「バイキングが世界中から美女を略奪したおかげで、この国には美人が多い」という与太話をしながら、車で一路ホルガ村を目指す。やがてカメラはぐるりと回転し、天地が逆さまとなる。ここからは、世界が反転する=我々の一般常識が通用しない物語が始まる、という宣言かのようだ。

5.イングマール、サイモン、コニーとの合流(0:25:15〜)

ペレと同郷のイングマールと合流。イギリスからやってきたサイモンとコニーを紹介される。

会って早々、イングマールからハッパを勧められるダニーたち。気が進まないものの、KYと思われたくないダニーはハッパをやり、バッドトリップしてしまう。

「ダメ、いけない。そんな考えは…誕生日なんだし。大丈夫、何ともない」

パニック障害を抱えているダニーは、現実から別の世界へ逃れたいという誘惑…自殺願望が突然湧き出したのだろう。妹のテリーと同じように。逃げ込んだ小屋の鏡に映ったのは、死んだ妹の姿だ。

ダニーを支配する「みんなが自分を笑っている」というオブセッションは、物語の後半に向けての伏線となる。

6.ホルガ村への到着(0:33:35〜)

ホルガ村へ出発。まるで道しるべのように、足元には黄色い花々が咲いている。それはまるで、『オズの魔法使』の黄色いレンガ道のようだ。

ダニーの家族に哀しい不幸があったというのに、マークやジョシュはマダニが原因で両親が死んだだの、おじがライム病になっただの、配慮のない会話をしている。彼らが人をいたわる気持ちを持たない、“共感性のない人たち”であることが浮き彫りにされる。

7.祝祭の開幕式(0:38:23〜)

太陽のゲートを抜けて、いよいよホルガ村へ。祭壇の中央には、大きなメイポール(五月柱)が建てられている。これは、“男性器が母なる大地に突き刺さっている”ことをモチーフにして、村の豊饒と発展を祝うものだ。

ホルガ村が信仰するのは、いわゆるペイガニズム(自然崇拝、多神教)。西欧文明が信仰するキリスト教とは相容れないものであり、ここではダニーたちは異教徒。最後に焼かれるクリスチャンという名前が、キリスト教徒を意味するのは非常に意味深だ。

村人からの歓迎を受けたダニーたちも祭壇へ。司祭のシヴが祝祭の宣言を唱える。

「ミッドサマーおめでとう。前回の“大祝祭”から90年が過ぎました。次の“大祝祭”は90年後です」

次第に判明することだが、『ミッドサマー』では“9”という数字が重要となる。

・祝祭は90年ごとに行われる。
・祝祭は9日間行われる。
・生贄の数は9人必要である。
・72歳(9の倍数。7+2=9でもある)になると、アッテストゥパンの儀式によって自ら死を選ばなければならない。

なお、映画のタイトル「Midsommar」も9つのアルファベットから出来ている。

8.小屋への移動(0:43:18〜)

寝室用の小屋へと向かう途中、サイモンたちはストーリー仕立てのタペストリーを発見。

・少女がある男性に恋をする
・後ろ向きに花摘みをする少女
・愛情ルーン文字を書いた紙を枕の下に挟んで、恋の魔法をかける
・陰毛を切って食べ物に混入する
・経血を飲み物に混入する
・おまじないが成功し、少女は男性と結ばれる

イングマールが「ラブストーリー」と呼ぶそのタペストリーには、ペレの妹マヤとクリスチャンの運命が予言されている。

9.寝室用の小屋(0:46:01〜)

小屋に迎えられた一行は、ペレから「人生は一つの季節である」と教えられる。

・0歳〜18歳(春)子供の季節
・18歳〜36歳(夏)巡礼の旅をする季節
・36歳〜54歳(秋)労働の季節
・54歳〜72歳(冬)人々の師となる季節

この区切り方も、9の倍数であることに注目。

この日に誕生日を迎えたダニーは、おそらく20代半ば。18歳〜36歳(夏)の中間点であり、まさに“ミッドサマー”なのである。

余談だが、この村で『オースティン・パワーズ』の上映会をやっている、というのはちょっと笑える。あえて『ミッドサマー』のトーンにそぐわない、底抜けのお馬鹿映画をチョイスするアリ・アスターのセンス!

10.アッテストゥパン(0:51:07〜)

厳かな雰囲気の朝食のあと、イルヴァとダンという老人が椅子ごと担ぎ上げられ、断崖絶壁の上へと運ばれる。そこにはルーン文字が3列3行に刻まれた石碑があり(3×3=9で、ここにも9の数字が登場する)、老人たちは手の平を切って血を擦り付ける。

刻まれているルーン文字は6種類だ。

・「ᚷ」(ギューフ)=贈り物、愛情
・「ᚱ」(ラド)=旅、移動
・「ᛣ」(ティール)=勝利、男性性
・「ᚾ」(ニード)=必要、欠乏(英語のneedの語源とされる)
・「ᛈ」(ペオース)=意外性、無限の可能性
・「ᛣ」(エオロー)=元々の意味は防御、保護だが、文字が逆さになっているため、意味が逆になる

ここから推測するに、「神からの“加護の力が弱まっている”ため、神に生贄(“贈り物”)を捧げる“必要”がある。この“旅”の果てには、“無限の可能性”が広がることだろう」というメッセージのように思える。

72歳となったイルヴァとダンは、断崖から飛び降りて自殺。あまりの衝撃にサイモンとコニーは猛反発し、司祭のシヴはこんな説明をする。

今見たものは遥か昔から続く風習なの。あの二人は、ホルガでの“生命のサイクル”を終えた。彼らにとって大いなる喜びなのよ。(中略)我々にとって命は“輪”。再び巡る。飛び降りた女性の名前はイルヴァ。これから生まれる赤ん坊が、その名を受け継ぐ。

これは明らかに輪廻転生の死生観だ。だがサイモンとコニーは納得しない。このままでは邪魔になると判断され、彼らはクリスチャンたちよりも早く処刑されることになる。

11. 論文についての争い、ペレの告白

クリスチャンから「俺もホルガについての論文を書きたい」と伝えられたジョシュは激昂。

あきれるほど無神経だ。(中略)お前も自分のテーマを見つけろ。夢中になれることを。

クリスチャンのキャラクターは、まさにこの言葉に象徴されている。無神経で、優柔不断で、自分勝手。ダニーが求める「家族のように寄り添い、いたわってくれる、共感性のある人物」とは真逆のキャラ。

一方、悲しみにくれるダニーをペレが慰め、自分こそが彼女にとってふさわしい人物であることを猛アピール。

君の状況は分かるよ。僕も両親を亡くした。僕が幼い時、両親は炎の中で死んだ。両親が炎に包まれて死に、僕は孤児になった。信じてくれ、君の気持ちが誰よりもよく分かるんだ。

どうやら、ペレの両親も生贄として死んだらしい。同じ境遇のダニーをホルガ村に招き入れたのは、ある意味でペレなりの同情心だったのだろう。

12. ダニーの悪夢(1:14:30〜)

その夜、ダニーは悪夢をみる。自分一人を残してクリスチャンたちは帰国してしまい、アッテストゥパンの岩には無残な妹のテリーと両親の姿が。その意味するところは、恋人からも家族からも見捨てられて孤独になる、という恐怖だ。

13. 村人との諍い(1:17:18〜)

マークが先祖の木に小便をかけたことで、村人ウルフと諍いに。さらにサイモンが恋人のコニーに別れも言わず、突如行方不明となる。次第に映画は不吉の影を落としていく…。

13. ルビ・ラダーの書(1:24:44〜)

勉強熱心なジョシュが、村の長老の一人であるアルネから、聖典ルビ・ラダーについて聞いている。

彼の説明によれば、この聖典は「感情のこもった楽譜」。書くことができるのは、意図的な近親相姦によって産み出された障害者(=ルベン)のみ。一般的な認知の曇りがないことから、先入観なしに根源を見つめることができるのだという。

ただ、それだけでは意味を成さないことから、長老たちが定期的に解読→解釈を行う。これはなかなかヤバい事実だ。長老たちの考え一つで、いかようにでも経典の解釈を変更できるのだから。

この時うっすらと女性の叫び声が聞こえてくるが、おそらく村人によって殺害されようとしているコニーの絶叫だろう。

14. マーク、ジョシュの殺害(1:17:18〜)

食事の際、クリスチャンのミートパイに陰毛が混じっていることが判明。クリスチャンの飲み物が他のものよりもオレンジ色であることから、経血が混じっていることも分かる。「ラブストーリー」と呼ばれるタペストリーの予言通りに、マヤが細工していたのだ。

マークは村人の女性に「こっちに来て。見せてあげる」とそそのかされ、どこかに連れ去られてしまう(映画では描かれないが、この直後に殺害されたものと思われる)。

ルビ・ラダーを撮影しようと神殿に忍び込んだジョシュもまた、頭を殴られて殺される。この時にジョシュがマークだと勘違いした人物は、マークの顔の皮をはいだ村人…おそらくウルフだ(彼はマークが先祖の木に小便をかけたことに、憤慨していた)。

ダニーたちがホルガの村に着いた1日目、若者たちが手をつないで踊る姿を見て、イングマールはこの踊りを「愚か者の皮剥ぎ」(Skin The Fool)だと説明していた。まさにマークは、「愚か者の皮剥ぎ」によって命を落としたのである。

15.メイポール・ダンス(1:33:58〜)

いよいよメイクイーンを決めるメイポール・ダンスが始まる。ここで村人による説明を引用しよう。

遥か昔のこと。邪悪なる者がホルガの若者を草原に導き、踊りに誘った。踊り始めたらもう止まらず、死ぬまで踊り続けた。そして今は、命を奪われる代わりに倒れるまで踊る。

踊っては止まり、逆方向に踊ってはまた踊る。輪から外れたり、倒れたら即失格。実は何気に激しいダンス・バトルなのだ。

ダンスをする前に謎の液体を飲まされたダニーは、またもドラッグでトリップしてしまう。しかしそれは、妹のテリーに身も心も支配され、「みんなが自分を笑っている」というオブセッションに脅かされたバッド・トリップではない。喋れないはずのスウェーデン語が突然話せるようになり、村人たちと「感情の共有」ができることに喜びを見出す、グッド・トリップだ。

ここには、死んだはずの父親と母親もいる。笑顔で自分を迎え入れてくれる仲間がいる。見事メイポール・ダンスで優勝してメイクイーンとなったダニーは、少しずつ解放されていく。

ダニーが村人たちに担ぎ上げられて移動するシーンの、背景の森に注目してほしい。森の一部が、口にガスチューブをくわえたかのような人間の顔(=妹のテリー)になっているのだ。相当注意深く観ないと、絶対に気づく訳がない!こんな細かいところにまでサブリミナル効果を狙うアリ・アスター、恐るべし。

一方、クリスチャンは完全によそ者扱い。孤立を深めていく様子が露悪的に描かれる。

16. ディナー〜祝福の儀(1:49:50〜)

メイクイーンとなったダニーが上座に座り、村人全員で食卓を囲む。塩漬けのニシンが運ばれて、ダニーは「尻尾からまるごと食べるように」と言われるが、飲み込めるはずもなく吐き出してしまう。それを見た村人たちは一斉に笑いだすのだが、重要なのはこの笑いがダニーが恐れていた“嘲笑”ではなく、親愛の情を込めて笑っている、ということ。彼女は、心の底から笑いあえる仲間を見つけたのだ。

もう一つ注目したいのは、ダニーがどんどん植物に取り込まれていくこと。最初のトリップから、彼女は自分の体から草が生えている幻想にとらわれていた。次第にその“同調”は顕著なものとなり、このディナーシーンでは彼女の動きに連動して植物が呼吸しているかのように見える。

植物が表象しているのは、ホルガ村というコミュニティそのもの。彼女は花でできたドレスと王冠を被ることで、完全にコミュニティと同化したことが示される。

16. クリスチャンとマヤの性の儀式(1:57:45〜)

クリスチャンは寺院で、全裸で横たわるマヤと対面する。その向こうには、同じく全裸の12人の女性たち。つまり、合計13人。実は、ダニーが乗った馬車を先導する女性たちも13人だった。

これまで「9」という数字に彩られていた『ミッドサマー』の世界は、突如「13」という数字に支配される。キリストを裏切った弟子のユダが13番目の弟子であり、イエスが処刑されたのが13日の金曜日だったということから、もともと「13」はキリスト教では忌むべき数字と考えられていた(もっともこれは俗説だとも言われている)。

キリスト教を信仰するアメリカ・イギリスからやってきたダニーたちにとって、次第に牙を見せ始めたホルガ村は“サタン”であることを、「13」は指し示しているのかもしれない。

17. クリスチャンの脱出(2:06:58〜)

全裸で寺院から飛び出したクリスチャンは、鶏小屋に逃げ込む。そこで発見するのは、翼を広げた鳥のように吊り下げられたサイモンの哀れな姿。これは「血のワシ」と呼ばれる、かつての北欧文学にも綴られていた儀式的な処刑法だ。

(1)犠牲者をうつ伏せに寝かせたる
(2)刃物で肋骨を脊椎から切り離す
(3)生きたまま肺を体外に引きずりだす
(4)肺を翼のように広げる

「生きたまま肺を体外に引きずりだす」ということは、この時点でサイモンはまだ生きていたということになる(ほとんど意識はない状態だろうが)。おっそろしい…。

18. 9人目の生贄の決定(2:09:43〜)

ホルガの祝祭で、生贄として捧げられるのは9人であることが宣言される。4人はホルガ村の中から、4人は外部から。最後の1人はメイクイーンが決定するのだが、彼女が選んだのはホルガ村のトービヨンではなく、恋人のクリスチャンだった。彼女にとって心を許せる家族のような存在は、もはやクリスチャンではなくホルガ村の人間だったのだろう。

・外部1:マーク(愚か者の皮剥ぎにより死亡)
・外部2:ジョシュ(死亡原因不明)
・外部3:サイモン(血のワシにより死亡)
・外部4:コニー(溺死に見えることから、川の儀式により死亡したものと思われる ※儀式はディレクターズカットで確認できる)
・ホルガ1:イルヴァ(アッテストゥパンにより死亡)
・ホルガ2:ダン(アッテストゥパンにより死亡)
・ホルガ3:イングマール(生きたまま黄色い三角の家で焼かれて死亡)
・ホルガ4:ウルフ(生きたまま黄色い三角の家で焼かれて死亡)
・メイクイーンによる選出:クリスチャン(生きたまま黄色い三角の家で焼かれて死亡)

『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』は、構造的にはよく似ている。どちらも見えざる力に突き動かされて、主人公がカルト教団の王となる物語だ。そしてその傍らには、生贄が捧げられている。

19. 黄色い三角の家(2:14:17〜)

クリスチャンは殺された熊の皮を着せられ、生きたまま炎に包まれて死を迎える(熊は、北欧神話やスカンジナビアの民間伝承における重要なシンボルだ)。ビジュアルはとびきり滑稽なのに、状況は最低最悪。アリ・アスターは、笑っていいんだか悪いんだかよくわからないブラック・ユーモアのセンスがバツグンだ。

黄色い三角の家は燃え上がり、全てから解放されてダニーはとびきりの笑顔を見せる。だが、彼女は本当に幸福になったのだろうか?彼女の頭上では再び太陽が輝くのだろうか?思い返してみれば、祝祭は9日間行われると言っていたにも関わらず、映画では5日間しか経過していない。残りの4日間で、彼女にはどんな運命が待ち受けているのだろう。

最後に流れるナンバーは、The Walker Brothersの『Sun Ain’t Gonna Shine』。曲調は明るいが、歌詞は「もう太陽は輝かない」という絶望的な内容。筆者的には、これが彼女の運命を暗示している気がしてしまうのだが…。

家族の一家心中もペレの仕業?アリ・アスターが仕掛けたもう一つの可能性

最初この映画を劇場で観たとき、筆者は「ひょっとしたらこの物語は、全てダニーの妄想かもしれない」と考えた。映画の序盤で彼女はハッパでトリップするが、「家族を失ってもなお、心を通わせる擬似家族が欲しい」という強烈な願いが、ホルガ村のようなコミュニティを生み出したのではないか、と考えたのだ。

だが筆者は、今ではもう一つの可能性があると思っている。それは、ペレが「ダニーを自分のものにしたい」というよこしまな欲望を叶えるために、全てを仕組んだという可能性だ。

明らかにペレはダニーに好意を抱いていた。できれば彼女と結ばれたいが、それにはクリスチャンが邪魔になる。そこでペレは一計を案じ、ダニーをホルガ村の<外部の血>として受け入れ、自分がその配偶者となり、クリスチャンを9人目の生贄にしてしまう計画を立てたのではないだろうか。

ダニーの家族の死は、妹が巻き込んだ一家心中だったと思われていた。しかしこれも、一家心中に見せかけたペレによる計画的殺人だったとしたら?『ヘレディタリー/継承』でも、チャーリーが電柱にぶつかって悲惨な最期を遂げるシーンがあるが、実は事故に見せかけたカルト教団による殺人だった(詳しくは、「【ネタバレ解説】映画『へレディタリー/継承』“今世紀最も恐ろしいホラー”である理由を徹底考察」をお読みください)。『ミッドサマー』もそれを反復したものと考えるのは、あながち間違った解釈ではないだろう。

ミッドサマー』は、多様な読みを許容する“深さ”を備えた作品だ。何度も鑑賞するうちに、あなたなりの解釈が生まれるかもしれない。

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