もはやゴールデンウィークシーズンの風物詩となっている劇場版「名探偵コナン」シリーズ。今では毎年あって当たり前な存在となっているシリーズですが、もちろんそんな長寿作品にも始まりがありました。
劇場版名探偵コナンシリーズの記念すべき第1作目として公開されたのが、1997年公開の『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』。当時はまだ今の様に来年の劇場公開作品の予定もなかったという、最初の作品であるが故の大きな違いや、今につながる歴史の始まりがこの作品に詰まっています。
『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』(1997)のあらすじ
毛利小五郎やコナンは黒川邸を訪れており、事件の捜査をしていた。いつもの様にコナンは、小五郎を眠らせて、代わりに犯人を突き止めるのだった。
それから数日、工藤新一宅に有名建築家の森谷帝二からパーティーの招待状が届く。子供の姿でもちろん参加ができないコナンは、代わりに蘭にパーティーに出席する様に頼むのだった。それに対して蘭は、来月の新一の誕生日に、一緒に映画へ行くことを取り付ける。
自分が元の姿に戻る方法も分からず、頭を抱えるコナンだったが、そんなコナンのところへ、新一宛の電話がかかってくる。その電話はなんと最近話題になっている火薬庫から大量のプラスティック爆弾を盗んだ犯人だった。犯人は新一に公園に爆弾を仕掛けたことを発表するのだった。
※以下『名探偵コナン時計じかけの摩天楼』のネタバレを含みます。
今見てもその初々しさに驚くさすがの第1作目
今やそのビジュアルを観れば誰もがこのメガネの少年が“コナン”であることが分かるような時代になりましたが、『名探偵コナン 時計じかけの摩天』の公開当時はそうではありません。今のような絶大な知名度もなく、製作陣も「これが最後」というぐらいの気迫で制作に臨んだことが語られている作品です。
コナン達のルックも、初期の原作漫画のデザインに近いものになっていたり、レギュラーキャラクターにも名前のキャプションが表示されていたりと、今の時代に観ると妙な初々しさを感じる映画となっています。
演出面以外では、登場人物たちが使っている携帯電話であったり、テレビがブラウン管テレビだったりと、四半世紀近く前に公開された映画だったからこそのアイテムに溢れています。
作品の随所に最初の作品であるが故のエッセンスが盛り込まれており、その時代性も今鑑賞する上では見所の一つとなっています。
初期名探偵コナンシリーズでおなじみの「キミがいれば」
見所と言って忘れてはいけないのが劇場版名探偵コナンシリーズの初期の頃の定番となっていた、盛り上がりのシーンに登場する挿入歌です。ここぞというシーンで、伊織の歌う「キミがいれば」が流れるのですが、この演出はこの劇場版第1弾から登場しています。『名探偵コナン 時計じかけの摩天』では、環状線の爆破に使われる爆弾が、線路側に仕掛けられているとコナンが推理し、ついに電車たちが路線を離れるという中盤の山場で、挿入歌が流れることになります。
この「キミがいれば」という曲は、コナンのメインテーマとして使われる曲と同じメロディーなので、この歌詞付きのものが原曲と思う人も多いでしょう。ですが、実は制作順としてはメインテーマの方が先に作られています。最初は「名探偵コナンメイン・テーマ」として制作された歌詞のない曲に、後から歌詞をあてたものが『キミがいれば』でした。劇場版シリーズではしばらく使われなくなってしまった演出なので、久しぶりにこの曲が劇場版で流れる作品が出てきてほしい気もします。
ちなみに「キミがいれば」のCDのB面に収録されているのが、クライマックスで壁を隔ててコナンと蘭が会話するシーンに流れる「逢いたいよ」という曲。こういったところからも、映画のためにこれらの曲が生まれたことが分かります。
原作者がガッツリ関わる劇場版に
クライマックスの爆弾のコードを切る演出に関しても実は、秘密があります。
強い気迫で臨んだ製作陣の中には、実は原作者の青山剛昌も名前を連ねており、今回の映画のアイディアを提供しています。その青山剛昌が提供したアイディアというのが、まさにこのクライマックスの赤と青のコードの展開。本来は漫画に登場させようと考えていたものだったのですが、青山自身も映画への思い入れの強さから、とっておきのネタを提供してくれました。
さらに驚かされるのが、アイディアだけでなく実は映画の原画としても携わっているところ。原画というのは、アニメーションの一番大事なベースとなる絵を担う仕事。本来はアニメーターが携わる仕事に、本家本元の原作者が参加するという実は豪華な映画となっていました。
近年は、漫画発の作品は原作者が劇場版の監修を務めるケースも多くなってきましたが、「名探偵コナン」は、それをいち早く取り入れてきた、先駆けとなる作品だったと言えます。
新一の誕生日が5月4日なワケ
これだけ力の入った大々的な作品ということもあり、作品のテーマも「名探偵コナン」らしい題材が選ばれています。それが、コナンの名前の由来にもなった、小説家のアーサー・コナン・ドイルの代表作である「シャーロック・ホームズ」の要素です。この作品が実はこの映画に大きく関係があります。
何を隠そう今回の事件の犯人である森谷帝二のモデルは、ホームズのライバルである、ジェームズ・モリアーティ教授。コナンをホームズに見立て、宿敵との対決を意識的に描いています。
その証拠とも言えるのが、本作で明らかになる新一の誕生日です。新一の誕生日である5月4日という日付は、一見公開時期のゴールデンウィークに合わせて設けられた様に思えますが、実はこの日付こそ作中でもわずかにコナンが言及する「シャーロック・ホームズ」の「最後の事件」というエピソードで重要な意味をもつ日にちです。
この5月4日に、ライヘンバッハの滝の見物に立ち寄ったホームズと助手のワトスンは、危篤状態の患者の看病のためにホームズを滝に残して引き返します。この隙をついて、モリアーティ教授が現れ、ホームズとモリアーティは滝壺へと落下し、死んでしまったとされる衝撃的なエピソードとなっていたのです。
しかしこれには後日談があり、実はホームズは死んでおらず、確かに一度は死を覚悟したホームズでしたが、実際はモリアーティのみが足を滑らせて転落しただけだったことが明らかになります。ホームズはモリアーティの手下に襲われるのを避けるため、一時的に死んだと思わせていただけだったのです。
まさにこの顛末も、『名探偵コナン 時計じかけの摩天』そのもの。新一の命を狙う森谷の計画はうまくいき、ついには新一に死を覚悟させるまでに至ります。しかし、死んだかと思われた新一は生還することに成功し、森谷は一人無事逮捕される……まさに「最後の事件」をコナンの世界で描きなおしたエピソードだった訳です。
だからこそ、コナンの誕生日は5月4日でなくてはいけなかったのです。
ホームズを辿るようにコナンも伝説へ
「最後の事件」ならぬ“最後の映画”という覚悟で、制作に臨まれた最初の劇場版だったわけですが、本作は見事興行収入10億円を越える大ヒットを果たします。これにより当初は予定になかった劇場版第2弾の企画も、映画の上映開始から間も無く決定し、続く翌年の『名探偵コナン14番目の標的(ターゲット)』に続いていきます。
今となっては興行収入も100億円に迫る大人気シリーズになるのだから、すごい話です。作中でコナンがホームズをなぞるような活躍を見せましたが、作品の外でもホームズのように幅広い世代に親しまれる人物となっているのもまた運命的で面白い話。平成のホームズならぬ令和のホームズとして、2020年以降の活躍にも期待していきたいところです。
※2021年2月5日時点の情報です。