【ネタバレ】映画『ミナリ』現代アメリカを照射した「分断」と「融和」の物語を徹底考察

ポップカルチャー系ライター

竹島ルイ

第78回ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞を受賞し、第93回アカデミー賞6部門にノミネートしている話題作『ミナリ』はなぜ高評価を集めるのか?作品の魅力をネタバレありで徹底解説。

1980年代に韓国からアメリカに移住したある一家の物語を、優しいタッチで描いた『ミナリ』。第36回サンダンス映画祭で審査員グランプリと観客賞、第78回ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞を受賞するなど、世界各国の映画賞を席巻。第93回アカデミー賞では6部門にノミネートされた話題作だ。

なぜこの映画は、ここまで世界から熱狂的に迎え入れられたのか?製作経緯や「分断」と「融和」というテーマを考察しつつ、ネタバレ解説していきましょう。

映画『ミナリ』(2020)あらすじ

アメリカのアーカンソー州の田舎町へと移住してきた、ジェイコブ(スティーヴン・ユァン)、その妻モニカ(ハン・イェリ)、息子のデビッド(アラン・キム)、娘のアン(ネイル・ケイト・チョー)。一家は荒れ果てた農地を開拓して、大きな農園を作るという夢を抱いていた。

だが思った以上に開墾作業は困難を極め、農場経営はなかなか軌道に乗らない。そんななか、韓国から祖母のスンジャ(ユン・ヨジョン)がやってくる。

※以下、映画『ミナリ』のネタバレを含みます。

「最後の作品」という想いでつくられた、リー・アイザック・チョンの半自伝的物語

ミナリ』を手がけたリー・アイザック・チョン監督は、1978年生まれの在米韓国人2世。生物学を学ぶためにイェール大学に入学したものの、映画に目覚めて医学部への進学を諦め、ユタ大学で映画製作を専攻。ルワンダ内戦を扱った映画『Munyurangabo』でデビューすると、いきなりカンヌ国際映画祭のプレミア上映作品に選ばれ、世界的に注目を浴びる。その後も末期癌患者が友人と旅行に繰り出す『Lucky Life』、韓国の民話を下敷きにした『Abigail Harm』など、野心的かつ前衛的な作品を次々に発表していった。

だが、興行的な成績は振るわない。アンドレイ・タルコフスキー、アッバス・キアロスタミ、ホウ・シャオシェンなど、アート系映画の作家に影響を受けてきた彼だったが、自分もこのスタイルのまま映画製作を続けていいのか、と自問自答する。

「今でも彼らの映画は大好きだけど、正直なところ、自分には向いていないのではないかということに気づかなければならなかった。」
(ガーディアンのインタビュー記事より抜粋)

やがてチョンに娘が生まれ、すくすくと成長していく姿を見ていくうちに、「家族を養うため、フルタイムで働ける別の仕事に就こう」と決意。韓国に戻って、映画製作の教師になることにする。だがチョンは、心のどこかで監督業を引退することに忸怩たる想いを抱えていた。せめて、もう1本だけ。あともう1本だけ、自分が本当に納得できる映画をつくりたい。彼は、仕事が始まる前の数カ月間、最後の脚本を書こうと考えた。

「脚本を書かなければ 、と思った。そして、できるだけ個人的な内容にしようと決めたんだ。そうしないと、後悔することになると思ったからね。そして、そこからこの作品の基礎が始まったんだ。」
(プレイリスト誌のインタビュー記事より抜粋)

触媒となったのは、アメリカの女流作家ウィラ・キャザーの小説。彼女は幼少時にネブラスカ州の田舎に移り住んだ経験があったが、その記憶を封じ込めるかのように、当初は都会的な生活を描いた作品を発表していた。だがキャザーは、そのアプローチが間違っていたことに気づく。本当に自分らしい小説を書くには、自分が田舎で過ごした生活をそのまま描写することが必要だ、と思い至ったのだ。

チョンもまた、祖国を離れアーカンソー州の農場に移住してきた、自分と自分の両親の物語を描こうと考えた。その時チョンの年齢は自分の父親と同じくらいの年齢で、チョンの娘は当時の自分と同じくらいの年齢。父親の視点と娘の視点の両方を理解できる今こそ、己の物語を語れるグッド・タイミングなのではないか? 彼はまず、自分の記憶をたどることからスタートする。

「僕が娘と同じ年の頃の思い出を、8つ書き出してみた。アーカンソーで両親が激しい口喧嘩をしたこと、父のもとで働いていた男性が十字架を引きずって町を歩いたこと、祖母のせいで農場の半分近くが焼けてしまったことなどだ。それらを見て、僕が語り継ぎたいのは、こういうストーリーだと実感した。」
(オフィシャル資料のインタビュー記事より抜粋)

ミナリ』は、自分の娘に語り継ぐための半自伝的な物語であり、チョンの両親に向けて贈られた感謝の手紙でもあるのだ。

同じルーツを持つスティーヴン・ユァンの起用

2019年2月に、『ミナリ』と名付けられた脚本が完成する。ミナリとは、どこに植えてもたくましく根を張る野菜のセリのこと。アメリカという異国の地で根を張ろうとする韓国人家族の物語に、これ以上のタイトルはないだろう。リー・アイザック・チョンはさっそく、『ウォーキング・デッド』(2010〜2016)や『バーニング 劇場版』(2018)で知られるスティーヴン・ユァンにシナリオを送る。

「スティーヴン自身が、韓国系アメリカ人として、独特な背景を持っている。彼がアメリカ人に移住してきたのは、物心がついてからだ。だから、本当の意味で、まだ片足を韓国に残している。でも、アメリカ中西部で育ったから、アメリカ人であるという気持ちも強い。つまり、両方の文化に溶け込みながら、両方の文化にとってよそ者なんだ。」
(オフィシャル資料のインタビュー記事より抜粋)

そう、ユアンもまた幼少期に家族とともにアメリカに移住し、ミシガン州で育った経験を持っていた。彼は脚本を一読して、「自分が求めていた作品だ」と確信する。

「(脚本を読んで)とても自分に正直な作品だと思ったよ。僕も、自分の文化や自分の個人史といった、とてもデリケートなものに触れたいと思っていたんだ」
(ヴァラエティ誌のインタビュー記事より抜粋)

韓国を代表するスター俳優の出演OKの返事をもらうと、ブラッド・ピット率いるプランB、エッジーな作品を世に送り続けるA24という、今最もホットな映画製作会社との契約も取り付ける。チョンは、最高の体制で自分自身の物語を描くチャンスを得たのだ。

現代アメリカを照射した「分断」と「融和」の物語

かくして出来上がったのは、あるアメリカの片田舎の日常を描いた非常にミニマルな物語。だがそこには、世代(祖母、親、子供たち)、人種(アメリカ人、韓国人)、宗教(キリスト教徒、無心論者)、経済(富める者、富まざる者)など、多くの差異=分断がある。小さな舞台の小さな物語にも関わらず、まるで現在まで続くアメリカの問題を全て集約したかのように、扱われるテーマはとてつもなく大きいのだ。

そして『ミナリ』は、116分という上映時間のあいだに、あらゆる「分断」を「融和」させていく。例えば、孫のデビッドから「おばあちゃんらしくない」だの「変なニオイがする」と言われてしまう祖母のスンジャ。ここには明らかな世代の分断がある。だが彼女は少しずつデビッドの気持ちを解きほぐし、愛する孫を「Strong Boy」と励ます。まるで自分が脳卒中になる代わりのように、心臓を患っていたデビッドの病気を癒す。祖母の愛に触れたデビッドは、自分の不注意で火事を起こしてしまい、思わず逃げ去ろうとするスンジャを、優しく家に連れ戻すのだ。

例えば、父と母の対立。自らの夢のために、アーカンソー州の田舎町で農地を開拓しようとするジェイコブに、妻のモニカはどうしても共感を抱くことができない。家族をないがしろにしているような気がしてならないからだ。やがてその対立は決定的なものとなり、モニカは夫を残してカリフォルニアに発とうとするが、思いもよらぬ「火事」によって夫婦の絆を取り戻し、家族全員で農場を開拓する決心をする。

例えば、宗教や価値観の対立。教会には通っているものの、心の底から神の存在を信じることができないジェイコブに対し、ポール(ウィル・パットン)は熱心にキリストの教えを説く。まるでキリストの受難のごとく、毎週日曜日に十字架を背負って道を歩くポールは、町の変わり者だ。最初はポールを邪険に扱っていたジェイコブも、彼の友愛の精神に心が解き放たれていく(=宗教観の融和)。しまいには、あれだけバカにしていた「ダウジングで水源を発見する方法」を実践し、本当に水源を見つけてしまうのである(=価値観の融和)。

2016年から2020年にかけて、アメリカは「分断」の時代だったと言えるだろう。ドナルド・トランプが大統領に就任し、「アメリカ・ファースト」を打ち出すことで、国内外の対立を深める要因を招いたのだ。『ミナリ』は’80年代のアメリカを描いた物語に関わらず、まるで現代アメリカの分断を真正面から描いているようにも見える。ジェイコブとモニカが、ヒヨコの雌雄鑑別をする(区別する作業)をしているのは、非常に示唆的だ。彼らは鑑別の仕事から離れ、肌の色も価値観も異なる人間(=ポール)と一緒に大地を耕すことで、「融和」へと向かっていくのである。

非英語による、正統なアメリカン・ドリームの物語

実は『ミナリ』をめぐって、昨年一つの事件が起きた。アメリカ映画であるにも関わらず、「セリフの50%以上が英語による作品」というノミネート規定により、ゴールデングローブ賞の作品賞選定から外されてしまったのだ(外国語映画賞にはノミネートされ、見事受賞を果たしている)。その規定に対し、『フェアウェル』(2019)で知られるルル・ワン監督は、twitterでこんな反論をしている。

I have not seen a more American film than #Minari this year. It’s a story about an immigrant family, IN America, pursuing the American dream. We really need to change these antiquated rules that characterizes American as only English-speaking.
(今年、『ミナリ』よりもアメリカ的な映画を見たことがありません。これはアメリカに移住してきた家族が、アメリカン・ドリームを追い求める物語です。「アメリカ人は英語しか話せない」という時代遅れのルールを変える必要があるのではないでしょうか。)

そう、『ミナリ』はまごうことなきアメリカン・ドリームの物語だ。しかもリー・アイザック・チョンは、現代アメリカの問題さえもミニマルな家族の物語として吸収し、軽やかに「分断」を「融和」へと導く。そのテーマ性と優れた演出手腕に、世界が賞賛を送ったのだ。

なおリー・アイザック・チョン監督の次回作は、新海誠監督の大ヒットアニメーション『君の名は。』(2016)の実写リメイク。ある意味でこの作品も、分断された世界における少年少女のラブストーリーと言えるだろう。かつて映画業界を離れて教師になろうとした男は、今やハリウッド最注目のフィルムメーカーにまで上り詰めたのである。

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Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24

※2023年2月20日時点の情報です。

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