どうも、侍功夫です。
つい先ごろ、80年代に公開されたホラー映画の予告ばかりを7時間以上にわたって収録したブルーレイソフトがリリースされた。人間が様々な理由で殺される映画の予告が延々と続いていく大変素晴らしいもので、一家に1枚(2枚組だけど)あると、とても楽しい生活が送れるハズだ。
出典元:輸入DVD&ブルーレイ専門店ビデオマーケット「トラウマ映画予告編集 3 : 80年代ホラー特集」より
※写真はホラー映画ファンの聖地、新宿ビデオマーケットさんよりご提供いただきました。
というようなことを言ったり書いたりしていると「わざわざお金を払ってまで怖い思いや不快な気持ちになろうという人の気が知れない!」などと、侮蔑の視線と共に吐き捨てられることが、ままある。そこで、「ホラー映画を観る」ということについて書いてみる。本題に入る前に、いきなり結論めいたことを言ってしまおう。
『レ・ミゼラブル』ってタイトル直訳すると「悲惨な人たち」だし、『タイタニック』は1,000人以上の人が死ぬ話だけど、みなさん好きでしょ?
モラル・テール
童話の「かちかち山」を覚えているだろうか?
畑を荒らすタヌキを捕まえた老夫婦。タヌキはおじいさんのいない間におばあさんに泣きついて自由になるや即座におばあさんを撲殺。その遺体を味噌汁の具材にし、おじいさんに飲ませる。という本当に酷い展開をしていく。おじいさんは悪がしこいタヌキを前に、太刀打ちできない怒りを仲良しのウサギに打ち明けると、今度は数日に渡るウサギのタヌキいじめが始まる。
タヌキの背負った薪に火をつけて火傷を負わせ、薬だと偽って唐辛子入りの味噌を塗り込み、お詫びにと泥の船に乗せ、溺れかけたタヌキをオールで水中に押し込み溺死させる。
このように「悪いことをする奴は酷い目に会う」といった物語のテンプレートは「訓話(モラル・テール)」と呼ばれ、子供向けの物語に数多く存在する。そこには、もちろん道徳教育的な意味合いを含んでいるが、その根底には「モラルを無視する者はひどい目に会うのが当然の報い」という迷信めいた刷り込みから生まれる爽快感がある。
「13日の金曜日」シリーズはホッケーマスクの殺人鬼“ジェイソン”と共にホラー映画を代表する存在だと言っても過言では無いだろう。しかし、その一方で「ホラー映画なんて、ただ残酷なだけで中身はカラッポ」といった言説の礎になってもいる。
しかし「享楽的なセックスを楽しみ、マリファナを燻らせ、酒を飲んで浮かれて騒ぐ学生が、かつてそんな学生に放っておかれて死んだ少年によって殺されていく。」という訓話の側面を鑑みれば「ただ残酷なだけ」では無いことも浮かび上がってくる。そして、多くの訓話がそうであるように、チャラ男やギャルたちをザックザックと殺していくジェイソンの姿には、喝采を上げたくなる爽快感も孕んでいるのだ。
「中身がカラッポ」であることは特に否定しない。
ファンタジーとしてのホラー
「ハリー・ポッター」シリーズにはドラゴンやペガサスにケルベロス、大蛇など、現実にはありえない生物が登場し、スクリーンを彩っていく。それら、実際には見たこともない生物の活躍は鑑賞する私たちを高揚させるものだ。
また「トランスフォーマー」シリーズでは見慣れた車や飛行機がガシャガシャと変形し巨大な人型ロボットとなっていく。そのイマジネーション溢れる様子には問答無用に感嘆せざるをえない。
これらの例には多くの賛同をしてもらえるだろう。では、全く同じ理由で次の作品を紹介したい。
1982年の作品『遊星からの物体X』だ。
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凍える寒さと猛吹雪で孤立無援となった南極観測隊を謎の物体が襲うホラー映画である。この「謎の物体」の生態が揮っている。どうやら宇宙からやって来た、その物体は地球上の生物に入り込むとその外見や記憶、行動様式を保ったまま体内で増殖し、乗っ取ってしまう。しかも、細胞単位で生息が可能なため、人間であれば致命傷であるハズの脳や心臓への攻撃でも、損傷部分を切り離すなどして生き延びてしまう。
乗っ取りに気付かれ体を燃やされるも頭を切り離し、カニのようなグロテスクな姿に変形して逃げていく場面は本作の名場面のひとつだ。
あらぬ方向へ体が捻じ曲がり、想像もつかない姿に形を変えていく。そのイマジネーション豊かな様子は大いなる高揚と心地よい感嘆を捧げずにはいられない。
娯楽としてのツラさ
ネイティブ・アメリカンのある部族には、こんな遊びがあるそうだ。
テントの中で焚き火を炊いて煙で充満したところに篭り、煙たさを我慢し、もはやこれ以上ダメだ! というところでテントから飛び出し、“空気”を楽しむ。
これと似たような遊びは私たちの日常にもある。たとえばサウナは、100℃を越える熱くて蒸した小部屋に篭り、ダクダクと汗を流し、もはやこれ以上ダメだ! というところで飛び出して水風呂に浸かる。
また、「適度な運動」は健康に良いとされているが、趣味でフルマラソンをする人は、私の理解の外側にいる存在だ。絶叫マシンと呼ばれる遊園地の乗り物や、人気の激辛料理店なども“門外漢”にとっては理解不能なものだ。
では、『セルビアン・フィルム』という作品の存在はどうだろうか?
ヤクザな生活に嫌気がさし始めたポルノ男優が高額なギャラに釣られ、最後の仕事として「金持ちの変態が個人的な欲望を満たすためだけに作られるポルノ」の出演を承諾してしまう。始めのうちこそ、いわゆるポルノ映画の範疇にある撮影だったが要求は次第にエスカレートしていき、もはや付き合いきれないと逃げ出そうとする。
ここから先、映画は文章化するのもはばかれる空前絶後の最悪な展開をしていく。
本作は『ホステル』あたりから端を発した、いわゆる「トーチャー・ポルノ」と呼ばれるホラー作品群の、ある種の到達点と言っても良いであろう。モラルを破壊し、人間の尊厳を踏みにじる様子は、それが過激であればあるほど、寂寥としたやるせなさが募っていく。
普通に生活していれば、滅多に味わうことのない感覚や感情は「フルマラソン」や「絶叫マシン」「激辛料理」と同じように「娯楽性」を孕んでいるのだ。
人生にホラー映画を!
上記した以外にも、ホラー映画には様々なスタイルがある。謎解きミステリーや、サスペンス、スリラーとの相性は抜群で数多くの傑作があるし、『エイリアン2』を筆頭にSFやアクションの姿を纏ったホラー映画も多い。『シャイニング』や『羊たちの沈黙』のように文学性を持った作品だってある。黒沢清監督のホラー作品には映画研究者ですら解釈の海へ突き落とす深遠ささえある。
「ホラー映画」の作品群はひとつのジャンルではくくれない多種多様さを孕んでいる。とは、以前に「カンフー映画」について書いた時と同様である。
そして「ホラー映画を観る」のも「カンフー映画を観る」のも「恋愛映画を観る」のですら、同じ理由がある。
面白いからだ。
趣味でフルマラソンを走る人だって、全身から汗が噴出し舌が熱く燃えるような感覚になる激辛料理も、死ぬんじゃないだろうか? と思うようなジェットコースターも、好きな人にとっては「面白いから」としか言いようが無いのでは無いだろうか?
ホラー映画。面白いよ!
※2021年7月28日時点のVOD配信情報です。