【ゲイ映画とタンゴ】グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』のタンゴ・シーンに込められた意味とは?

腐女子目線で映画をフィーチャーしてみる。

阿刀ゼルダ

タンゴはブエノスアイレスの出稼ぎ労働者たちが男同士で踊ったのが始まり?

ダンスは男女のペアで踊るもの、というのが一般的ですよね。しかし、タンゴの場合は例外です。
アルゼンチン・タンゴの発祥である19世紀のブエノスアイレスは、出稼ぎ労働者がひしめく港町でした。彼らが日ごろの鬱憤のはけ口として男同士荒々しく踊ったダンスが、アルゼンチン・タンゴの始まりと言われています。

タンゴがセクシーなダンスに進化した今では、男女で踊られるのが一般的ですが、今でも稀に男同士のペアが。2014年のタンゴ世界選手権では男性同士のペアが優勝し、話題になりました。

ところで、映画に登場する男同士のタンゴ・シーンは、同性愛をほのめかすコンテクストの中で描かれることが多いんですよね。
いくつかその例を挙げてみましょう。

男同士のタンゴ・シーンがある映画

ブエノスアイレス』(97)

ブエノスアイレス

男同士でタンゴを踊るシーンがある映画といって一番に名前が挙がるのは多分、レスリー・チャントニー・レオン演じるゲイ・カップルを主人公にしたこの作品ではないでしょうか?
「やり直すため」に香港からブエノスアイレスに渡った2人。愛し合っているのに一緒にいれば喧嘩ばかりの彼らが、裏切り、裏切られながらも、異国の地で身を寄せ合い、ひとときのぬくもりを求めて踊るのが、タンゴです。
この映画では、ダンスはラブ・シーンにも匹敵する愛情確認行為として描かれています。

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お熱いのがお好き』(59)

お熱いのがお好き

ワケあって女ばかりの楽団に女装してもぐりこんだサックス吹きのジョーとベース弾きのジェリーが、追手に追われる中でそれぞれの恋を見つけるという、とっても楽しいコメディ作品。
メインはジョーことトニー・カーティスと楽団の歌手シュガーを演じるマリリン・モンローの恋の顛末ですが、サイドストーリーとして展開するジェリー(ジャック・レモン)と「彼女」に惚れ込んだ億万長者の老人との恋愛模様も見逃せません。

身を隠す目的で女装しているジェリーにとって、いくら金持ちでも男は恋愛の対象外なんですが、2人で踊り明かした夜、ジェリーはすっかり老人と意気投合して彼のプロポーズを受けてしまいます。
そして2人が踊るのは、もちろんタンゴ!
この映画では、タンゴはセクシュアリティすら揺るがす恋の魔法なんです。

バレンチノ』(77)

バレンチノ

20世紀初めに絶大な人気を誇ったハリウッド俳優ルドルフ・ヴァレンティノの半生を描いた作品。
この作品でヴァレンティノが男性(伝説のバレエ・ダンサーであるヴァーツラフ・ニジンスキーという設定)とタンゴを踊るシーンは、前後のシークェンスから、ヴァレンティノがゲイであることを暗示する含みを持っています。
ちなみにヴァレンティノを演じているルドルフ・ヌレエフはニジンスキーの再来と言われたバレエ・ダンサーなんですが、彼自身もまたゲイであることが知られていた人なんですよね。

男同士のタンゴ・シーンに着目して『トム・アット・ザ・ファーム』(13)を観る

さて、映画の中で男タンゴがどんなニュアンスで描かれるかを押さえたところで、やはり男同士のタンゴ・シーンがある『トム・アット・ザ・ファーム』を観てみましょう。
こちらは日本でも人気の高いグザヴィエ・ドランが監督・主演した作品です。

トム・アット・ザ・ファーム
(C)Xavier Dolan, Clara Palardy

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ストーリー

事故死した恋人・ギョームの葬儀に参列するため、彼の実家の農場を訪ねたトム(グザヴィエ・ドラン)。
そこに暮らしていたのは、ギョームを失った悲しみにくれる彼の母と、ハンサムだけれど暴力的で、一種異様な雰囲気を漂わせたギョームの兄・フランシス。
フランシスは、ギョームがゲイだったと知れば母親が悲しむからと、トムを脅してギョームとの関係を口止めします。
まるでトムを支配しようとするかのように腕力で押さえつけるフランシスにトムは反発しますが、その気になればいつでも出て行ける(現に一度は逃げ出した)にもかかわらず、なぜかトムは農場に留まり続けます。

トムが農場を去らないのはなぜ? 母親とフランシスはなぜ村の人々との交流を避けて暮らしている? フランシスはトムに何を求めているのか……トムとフランシスの屈折した心の探り合いが、サスペンス・タッチで描かれていきます。
(以下はネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。)

トムとフランシスが踊るタンゴ

トム・アット・ザ・ファーム2
(C)Xavier Dolan, Clara Palardy

ホモフォビアのフランシスにとってトムは当然憎悪の対象でしかないはずなのに、暴力をふるいながらも、彼はなぜかトムを農場に留まらせようとする……フランシスの行動は明らかに矛盾しています。
一方のトムのフランシスに対する態度も不可解。
トムをギョームの恋人と認めずやたらと暴力もふるうフランシスをトムは当然憎んでいるはずなのに、どうやら彼の中には別の感情もあるようなんです。
トムの中にあるフランシスへの「好意」がくっきりと姿を現すのが、2人が納屋でタンゴを踊るシーン。
例によって高圧的な態度で一緒に踊ることをトムに強制するフランシスと手を取り、踊り始めるトム。嫌々ながらのはずなのに、気が付けばとろけそうな表情で女性パートを踊っているトムがいる……。
作品のちょうど中間点にあるこのシーンは、トムとフランシスの中にあるお互いへのアンビバレンツな感情をビジュアルに印象付けるだけでなく、終盤への伏線としても効いています。

恋人を失った心の隙間を危険な愛で埋めようとするトムの危うさがせつない

一面ではフランシスを憎みながら、一面ではギョームと同じ声・同じ匂いを持ったフランシスに強く惹かれているトム。それは愛と呼べるものなのか、それとも、ギョームを失った喪失感を埋めようとする心が見せた愛の幻影なのか。
そして、トムに強い執着を見せるフランシスの本心はどこにあるのか……。彼がトムの首を絞めるシーンは、暴力シーンというよりもむしろエロチックでさえあって、次第に、ホモフォビア的な態度は実はカムフラージュにすぎないのでは……と気づかされてきます。

グザヴィエ・ドランは、「原作(ミシェル・マルク・プシャールの戯曲)の序文にある『同性愛者は、愛し方を学ぶ前に、嘘の付き方を覚える』という一文こそトムそのものだと感じた」(※)と言っていますが、それはトムだけではなくフランシスにもあてはまりそうです。

農場から都会へと逃げ帰ったトム。そこに彼の居場所はあったのか?

クライマックスでフランシスの正体を知り、泣きながら追いすがるフランシスを振り切って街へ逃げ帰るトムの心境は、ルーファス・ウェインライトの名曲「ゴーイング・トゥー・ア・タウン」の歌詞に重ねられています。
しかし、夜も煌々と明るい都会に辿り着き、車窓から同じ年頃の男女がたわむれる街角を眺めた時、トムはそこに、この曲の歌詞にある「歩むべき人生」を見つけられたのでしょうか?

ラストシーンで車のハンドルを強く握りしめたトムは、前に進むのか、それともハンドルをきってフランシスの元へUターンするのか……。一度は逃げ出しながら結局農場へ戻ったことがあるトムだけに、どちらの可能性も残した中での暗転。
ただ、私はトムはUターンしたのでは……という気がしています。あのタンゴ・シーンでトムがのぞかせた服従する愛への陶酔が、彼をフランシスとの支配と服従の共依存関係に引き戻してしまいそうに思えるから。
人気の高いグザヴィエ・ドラン作品の中でもイチオシの、行き場を失った愛のエネルギーが生み出す屈折した人間模様を見事に描き出した作品。苦くせつない後味が心に刺さります。

※ 本作のパンフレット(発行:有限会社アップリンク)による。

トム・アット・ザ・ファームトムジャケット
トム・アット・ザ・ファーム
発売元:アップリンク
販売元:TCエンタテインメント
好評発売中
価格:Blu-ray 4,800円+税、DVD 3,800円+税
(C)Xavier Dolan, Clara Palardy

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  • マ帆
    3.5
    取り急ぎ ドランが美しすぎる 口裂けの傷が似合いすぎ
  • ヘソの曲り角
    3.8
    mommyの前に画面サイズ遊びやってたんかい! こっちはサスペンスでいいね! 死んだ「友人」の葬式のために実家に行ったら異常家族に捕縛されました映画。理不尽系。正直めちゃくちゃ面白かったんだけどそれを上回る兄貴の不快さが生理的に無理すぎて苦手、という結論に…。兄貴は当然イカれてるがドランの役も相当命知らずだった。ヒヤヒヤする。それでいてあの強烈な磁場を生み出してるの、母親なんだよな。 ドランがこっち路線に舵きって人の脚本でサスペンススリラーやる世界線あったかね。この理不尽さは『ノー・カントリー』を思い出すが、気持ち悪さはこっちの方がダンチ。 ドランはこれとか『たかが世界の終わり』とかの路線のほうが好き。
  • SyonL
    -
    サイコのところは流石に笑った。
  • akai
    3.5
    暴力兄はさることながら、母親のヒステリー感もチラチラ見えて雰囲気の悪さに気が滅入りそう エンディングの音楽がいい感じ
  • Y氏
    4.2
    冒頭のギョームを亡くしたトムが書き殴ったギョームへの弔いの言葉が、僕ができることは君の代わりを見つけること その代わりがギョームの兄のフランシスというのは物語を進めていけば理解できるのだけど、トムははじめからギョームもフランシスも自分が惹かれるよりも前に自分を好いてくれるのも、いずれ自分を裏切ることも本当はわかっていただろうに。 それでもズブズブ泥濘にはまっていくのはそういう自分勝手な相手をどうしよもなく好きになってしまう自分がとても可愛いから フランシスから逃れたとしてもその呪縛は消えずまた同じような、代わりを求めてしまうんですね アメリカにはもう懲り懲り、うんざりだと言いながらも、やっぱりアメリカが好きという相反する気持ち、最高のエンド曲演出 天才です、25歳のドラン様、そしてそんなナルシズムが滑稽にならない破壊力のある顔面の美しさでした
トム・アット・ザ・ファーム
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