【ネタバレ解説】映画『ウエスト・サイド・ストーリー』オリジナル版との違い、スピルバーグの演出意図を徹底考察

ポップカルチャー系ライター

竹島ルイ

ミュージカル映画の古典的傑作『ウエスト・サイド物語』(1961)を60年ぶりにリメイクした、『ウエスト・サイド・ストーリー』。巨匠スティーヴン・スピルバーグが監督を務め、アンセル・エルゴートレイチェル・ゼグラーが主演を務めた超話題作だ。

今回のリメイク版は、オジリナルと何が違うのか?そこに込められたスピルバーグの想いとは何なのか?という訳で今回は、『ウエスト・サイド・ストーリー』をネタバレ解説していきましょう。

映画『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)あらすじ

’50年代のニューヨーク、ウエスト・サイド。ここでは、ポーランド系の少年で構成されたジェット団と、プエルトリコ系で構成されたシャーク団が、シマを争って敵対していた。ジェット団リーダーのリフは、シャーク団リーダーのベルナルドに決闘を申し込むことを決意。元リーダーのトニーに助力を求める。

やがてトニーは、両グループが参加するダンス・パーティーに出席するが、そこでベルナルドの妹マリアと運命的な出会いを果たす…。

※以下、映画『ウエスト・サイド・ストーリー』のネタバレを含みます

70代となったスピルバーグが初めて挑戦する、本格的ミュージカル映画

1957年にブロードウェイで初上演され、1961年にロバート・ワイズ監督によって映画化された『ウエスト・サイド物語』。アカデミー賞では11部門中10部門を受賞し、ミュージカル映画の偉大なる金字塔となった。

これだけの大ヒット作となれば、常にリメイクの話はついて回る。90年代には、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズが映画化を計画。その時に監督として名前が挙がっていたのは、何と『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972)や『ラストエンペラー』(1987)で知られるベルナルド・ベルトルッチだった。どう考えてもミスマッチすぎる人選だと思うが、やっぱりというべきか、案の定というべきか、この企画は流れてしまう。

2014年になると、今度は20世紀スタジオでリメイクのプロジェクトが始動。ピューリッツァー賞に輝いたこともある、劇作家のトニー・クシュナーが脚本家として招聘される。そして2018年、監督として正式契約を果たしたのが、ご存知スティーブン・スピルバーグだったのだ。

『ウエスト・サイド物語』は世界中の人々を魅了したが、若かりし頃のスピルバーグ少年もその一人。彼にとって、この作品を作ることは長年の夢だった。

「10歳のときに初めて『ウエスト・サイド物語』のアルバムを聴いて、それがずっと忘れられなかった。“いつかこの映画を作りたい”という夢を叶えることで、自分自身と交わした約束を守ることができたんだよ」
(スティーブン・スピルバーグへのインタビューより抜粋)

『インディ・ジョーンズ』シリーズのようなアドベンチャー映画、『激突!』(1971)や『JAWS/ジョーズ』(1975)のようなスリラー映画、『A.I.』(2001)や『レディ・プレイヤー1』(2018)のようなSF映画、『オールウェイズ』(1989)や『フック』(1991)のようなファンタジー映画、『アミスタッド』(1997)や『リンカーン』(2012)のような歴史映画…。

あらゆるジャンルを横断して映画を撮り続けてきたスピルバーグにとっても、本格的なミュージカル映画は初めて。だがこれまでも、ミュージカル的演出には挑戦し続けていた。

例えば、世間的には失敗作とみなされているコメディ映画『1941』(1979)。この作品には、慰問局が開いたダンスパーティのシーンが登場するのだが、これが設定もダイナミックな演出も『ウエスト・サイド・ストーリー』のダンスパーティー・シーンによく似ている(興味のある方はぜひ見比べてほしい)。

もしくは『インディ・ジョーンズ/ 魔宮の伝説』(1984)の冒頭で、ケイト・キャプショーが「Anything Goes(エニシング・ゴーズ)」を歌う場面。いかにも’30年代の上海租界という風情のクラブを舞台に、たくさんのショーガールたちがアクロバティックな踊りを披露する演出ぶりは、’30年代〜’40年代に一世を風靡したバズビー・バークレーの振付を思わせる。

実は、中年になったピーター・パンが大冒険を繰り広げるファンタジー映画『フック』も、元々はミュージカル映画として企画されていた。だが土壇場になって、スピルバーグがそのアイディアを却下。後年彼は、「映画監督人生の中で一番大きな方向転換だった」とコメントしている。

まだ40代半ばだった当時の彼には、ミュージカル映画はあまりにも大きな難関だったのかもしれない。そして70代半ばとなり、様々な経験を経て演出家としての自信を深めたスピルバーグは、満を辞して『ウエスト・サイド・ストーリー』に挑むことになったのである。

今、この時代に作られるべくして作られた映画〜『イン・ザ・ハイツ』との奇妙な符号

『ウエスト・サイド物語』では、ニューヨークに移住したプエルトリカンの苦難が描かれている。オリジナル版が公開された1961年当時は、ヒスパニック系移民がスクリーンに描かれることは少なかった。アメリカの大衆娯楽の中心とも言えるミュージカルで、彼らをメイン・キャラクターに配したことに、この作品の偉大さがある。

そのスピリットは、現在最も著名なミュージカル演出家にして、作詞家・作曲家・俳優でもあるリン=マニュエル・ミランダに受け継がれている。彼はマリアやベルナルドと同じプエルトリカンで、高校時代には『ウエスト・サイド物語』の演出を手がけたこともあった。そして、自分のこれまでの人生や生まれ育った場所を語りたいという想いから、『イン・ザ・ハイツ』の構想が誕生する。

2021年にジョン・M・チュウ監督によって映画化されたこのミュージカルは、マンハッタンのワシントンハイツ地区を舞台に、ドミニカ、プエルトリコ、キューバ、メキシコなど様々なヒスパニック系移民たちの人間模様が生き生きと活写された傑作。偶然だが、『イン・ザ・ハイツ』の撮影がワシントンハイツで行われていたとき、『ウエスト・サイド・ストーリー』も目と鼻の先にあるハーレム付近で撮影されていたという。

『ウエスト・サイド物語』に刺激を受けたリン=マニュエル・ミランダによって『イン・ザ・ハイツ』が作られ、同時期にリメイク作品『ウエスト・サイド・ストーリー』も作られたという事実に、筆者は何かしら不思議な符号を感じてしまう。本作は、この時代に作られるべくして作られた作品なのだ。

役者のアイデンティティーにこだわったキャスティング

スピルバーグは本作のキャスティングにあたって、「シャーク団のメンバーはプエルトリカンなのだから、ヒスパニック系の役者によって演じられるべきだ」と考えた。

当たり前の話のように思えるが、『ウエスト・サイド物語』でマリアを演じたナタリー・ウッドはロシア系だったし、ベルナルド役のジョージ・チャキリスはギリシャ系。実は二人とも東欧系だったのである。

今回の『ウエスト・サイド・ストーリー』でマリアを演じたレイチェル・ゼグラーは、母親がコロンビア系。当時16歳だった彼女は、映画の主要ナンバー「Tonight」と「I Feel Pretty」を歌った動画を送り、3万を超える応募者からヒロインに選ばれた。ベルナルドを演じるデヴィッド・アルヴァレスは、両親がキューバ人。ブロードウェイで大ヒットした『ビリー・エリオット・ザ・ミュージカル』で、トニー賞のミュージカル部門主演男優賞を最年少で受賞した実力者だ。

その他のプエルトリコ人役を演じるキャストの2/3が実際のプエルトリカンで、残りの1/3もヒスパニック系。そして、映画界ではほとんど知られていないミュージカル界のパフォーマーばかり。スピルバーグは、役者のアイデンティティーを大切にし、ミュージカル俳優としての素養が高い演者をキャスティングしたのである(ちなみにヴァレンティナ役を演じているのは、『ウエスト・サイド物語』のアニタ役でアカデミー助演女優賞を受賞した、リタ・モレノだ)。

さらにスピルバーグは、登場人物がスペイン語で話しているときは、英語字幕はつけないという演出を採用した。英語をしゃべっているシーンではスペイン語の字幕が出ないのに、その逆をやってしまうのは、「英語の方がスペイン語よりも優位性が高い」ということになってしまうのではないか?…彼はそのように考えたのである。

スピルバーグは撮影にあたり、プエルトリコの専門家を招いて映画のリアリティー向上に努めたという。この映画には、ラテン・アメリカへの敬意と愛情が込められているのだ。

社会派映画としての『ウエスト・サイド・ストーリー

スティーブン・スピルバーグとトニー・クシュナーの監督・脚本コンビは、『ミュンヘン』(2005)、『リンカーン』(2012)に続いて3度目(公開を控えているスピルバーグの新作『The Fabelmans(原題)』でも、4度目のコラボレーションを果たしている)。この座組からも、このリメイク作品が単なるミュージカル映画ではなく、社会派映画としての側面を強く意識していることが伺える。

「(中略)シャークスとジェッツの間にある分裂は、とても深いものだった。しかし、今現在の私たちのような分裂はない。ある意味で、悲しいことだけど、領土問題や人種的な隔たりに関するストーリーは、1957年当時よりも現在の方がよりリアルなものになっていると思う」
(スティーブン・スピルバーグへのインタビューより抜粋)

スピルバーグは、オリジナルにも濃厚に描かれていた人種問題をより深く掘り下げると同時に、ジェンダーの問題にも目を向けている。ジェット団に入りたがっているエニーボディズは、1961年度版では“男勝りの女性”というキャラクターに収まっていたが、今回ははっきりと「私は男性でも女性でもない」というセリフを言わせて、LGBTQ+の流れを反映させている。演じるアイリス・メナスは実際にノンバイナリーだ。

もう一つ筆者が注目したのは、アメリカの銃問題にも切り込んでいること。トニーはベルナルドの親友チノの手によって射殺されるが、今回のリメイク版では「ジェット団が銃を手に入れた経緯」、「その銃を巡るトニーとリフの対立」、「チノがその銃を手に入れる描写」が事細かに描写されている。

トニーの死を目の当たりにしたマリアは悲しみに暮れ、チノから銃を取り上げて「あなたたちが憎い、全員殺してやりたい」と叫ぶ。「銃は憎しみを倍増させる武器でしかない」というメッセージが、オリジナル版よりもはるかに強調されている。

…実はこの映画には、貧富の格差という問題もテーマとして掲げられているのだが、「意外とそこは掘り下げられていないな」というのが正直な印象。もはや世界的大富豪でもあるスピルバーグには、貧困描写は難しいのかも。

アンセル・エルゴートへの疑惑、そしてスピルバーグの強い“意思”

またこの映画には、アニタがジェット団のメンバーによって集団暴行されてしまうという、正視するのもキツいシーンが挿入されている。明かにmee tooの流れを汲んだものだが、この場面の是非は観客の受け取り方によって大きく変わってくるだろう。リドリー・スコット監督の『最後の決闘裁判』(2021)でも、マルグリット(ジョディ・カマー)が従騎士のル・グリ(アダム・ドライバー)によって強姦される場面がインサートされ、その描き方についてはSNSで大きな議論となった。

しかも『ウエスト・サイド・ストーリー』の主役を務めるアンセル・エルゴートには、未成年者に対する性的暴行疑惑が報じられている。アンセルは「合意の上だった」とSNSで反論しているが、「謝罪になっていない」と炎上する騒ぎに。これに関してスピルバーグは公式なコメントを発表しておらず、沈黙を守り続けている。

確かに、この疑惑が映画の鑑賞にあたってノイズになるのは仕方ないだろう。例えば『ゲティ家の身代金』(2017)では、主演を務めたケヴィン・スペイシーにセクハラ疑惑が報じられるやいなや、監督のリドリー・スコットは公開まで1カ月というタイミングで撮り直しを敢行。信じられないくらいの早撮りで、ケヴィン・スペイシーの出演シーンを全てカットし、新しく主演に据えたクリストファー・プラマーに差し替えてしまったのだ。

この判断が正しいものなのかどうか、筆者には正直判断がつかない。リドリー・スコットは、倫理的な意味で撮り直ししたのではなく、単に経済的な理由(ケヴィン・スペイシーだと劇場に観客が集まらない)で再撮影したのかもしれない。もちろん、リドリー・スコット以上に早撮りで有名なスピルバーグのことだから、『ゲティ家の身代金』と同じように、主演を差し替えることもできただろう。だが、彼はそうはしなかった。そこに、筆者はスピルバーグの意思を感じてしまう。もしアンセルを更迭してしまったら、彼が公的に「加害者である」ことを表明してしまうことになる。それをスピルバーグは恐れたのではないか。

アンセル・エルゴートの疑惑は、法的に立件された訳ではない。アンセルは「合意の上だった」と反論しつつも、「彼女とはきれいに別れた訳ではない」とも投稿し、それについては謝罪の意を示している。もし仮に彼が性的暴行をしていたのなら、相応の罰を受けるべきだろう。だが今の時点で、本当にアンセルは世界中からバッシングを受けるべきなのだろうか?その問いに対し、「沈黙を守ること」、「彼を更迭しないこと」で、スピルバーグは強い意思を表明しているように思える。映画の外側においても、社会的なメッセージを送っているのだ。

何よりもまず『ウエスト・サイド・ストーリー』は、ミュージカル映画としての楽しさ、歌とダンスが織りなす映像美に酔いしれるべき作品だ。しかし、スティーヴン・スピルバーグは現代的なメッセージを巧みに取り入れることによって、社会派映画としての強度を高めている。娯楽大作とシリアスな社会ドラマを交互に撮ってきた彼にとって、本作は“娯楽大作でありながらシリアスな社会ドラマでもある”という、新しいステージに足を踏み入れた記念碑的映画なのだ。

記事をシェア

公式アカウントをフォロー

  • RSS

  • しゅんろっく
    3.8
    アマプラで鑑賞。旧作にもそれほど思い入れもなく、スピルバーグ作品ということで鑑賞。ストーリーは予定調和的で面白いものではないが、撮影やセットが素晴らしい。これを「フェイブルマンズ」と並行して作っていたって、ちょっと驚異的です。あとやっぱりバーンスタインの音楽!クラシックとか現代音楽とかジャズとか、さまざまな要素が入った音の面白さを再認識した。
  • hina
    3.2
    旧作が大好きでみるの楽しみにしてた やっぱり切ないなあ🥲🥲🥲 自分的には旧作の方が好き
  • yamak
    3.6
    ロミオとジュリエット感やはり強し
  • もももと
    3.8
    いつの時代も男は己のために戦いに行き、女が残される。未亡人って言葉があるぐらいだもんな。 チンピラグループの抗争に未亡人は違うかもしれないけど。 この映画はダンス歌唱シーンだけでも見応えアリ。 オープニングのジェッツメンバーがご機嫌にステップ踏みながら街の仲間を集めてキレッキレに踊る冒頭数分だけでこの映画が好きになった。 プエルトリコからきた移民達と折り合いが悪くて対立するニューヨーク生まれの青年たち。どちらも社会の底辺に生きる層。 移民なのだからその地に馴染む努力を惜しむなよとシャーク側に思ってしまう。ここが嫌なら故郷に帰ってくれと思わずにはいられない。そんな選択肢も無い時代だったのかな。 でも自らの意思で移り住みその地に根を張り「アメリカは好きよ」と逞しく生きようとするアニータが個人的に一番良かった。 ジェッツが青、シャークが赤、移民として故郷に誇りを持ちながらも逞しく生きる女性たちが黄色。色分けの演出が鮮やかで良かった。 深夜にデパートの売り場を清掃をするシーンでマリアが手にするスカーフが緑なのは黄色に青み(トニーへの想い)が足されて緑ってことかな? エプロンはピンクなんだけど下のワンピースは青なんだよな。 リフ役の俳優さん、むちゃくちゃ良いな〜!調べたけどまだ情報が少なかった。 本作でブレイクしてても良さそうなのに、俳優辞めちゃったのかな?と思ってたら、6月にゼンデイヤ主演の映画に出るらしい。チェックしなければ。 アンセル・エルゴートくんはやっぱり知性というか品というか、柔和で優しげな空気をまとっている。 踊れるし歌える動きも良いしお顔もキレイでスタイルも抜群だし、これからグングン来そうな予感。
  • まろち
    -
    いつか見たいと思ってて見た
ウエスト・サイド・ストーリー
のレビュー(45499件)