カタルーニャが生んだ天才サルバドール・ダリ、死後29年目のスキャンダル
スペインのカタルーニャ州が独立を宣言し、世界に衝撃が走った今年10月。
15世紀のスペイン王国成立以来、統一国家を維持してきたスペイン政府は、断固独立を認めない構えで、反乱罪などの罪に問われた前州首相らの処遇も含めて、今後の動向が気になります。
ところで、カタルーニャと言えば、日本でも高い人気を誇るあの偉大な天才画家・サルバドール・ダリ(1904 – 1989)の生まれ故郷。 ダリが愛妻ガラと共に晩年を過ごした地でもあり、2人が暮らした「卵の家」は観光名所にもなっています。
今年7月、そのカタルーニャとダリに絡んだニュースが報じられたことは、ご存知でしょうか?
そのニュースとは、「自分はダリの隠し子」と主張するカタルーニャ在住の女性(61)とダリとのDNA鑑定を行うため、ダリの遺体を掘り起こしたというもの。
子供は1人もいないことになっていたダリに、隠し子が!?
世間で騒がれていた莫大な遺産の行方よりも、本当にダリに子供がいたのかどうか、個人的にはそちらのほうが気になって気になって……。
というのは、この映画を観ていたからなんです。
『天才画家ダリ 愛と激情の青春』(08)では、ダリはクローゼット・ゲイ(ゲイであることを公表していない状態)として描かれています。
妻のガラは、妻というよりもダリの半身。夫婦関係はなかったことが仄めかされているのです。
もし隠し子の存在が明らかになったとしたら、この映画の仮説が根本から崩れ去ることに……それ以前に、ダリのセクシュアリティの真相がくつがえる可能性も。
本題に入る前に、まずは軽く映画のあらすじをまとめましたので、ご参考までに。
(以下ネタバレしていますので、未見の方はご注意下さい。)
ストーリー
本作『天才画家ダリ 愛と激情の青春』は、天才画家の名をほしいままにしたダリと、彼の友人で20世紀のスペインを代表する詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカ、そしてダリとの合作映画『アンダルシアの犬』などで知られる映画監督ルイス・ブニュエルという、スペインが誇る天才3人の若き日の交流を描いています。
スペインのブルジョワ家庭に生まれ育った3人は、1920年代、マドリードにある寄宿学校「学生館」で出会います。
互いの才能に惹かれ合い、すぐに意気投合した3人。なかでもホモセクシュアルだったロルカと、ロルカの才能に心酔していたダリは互いに友情以上の感情を持つように。
しかし、当時の同性愛を許さない社会環境の中で、同性のロルカと肉体的な一線を越えることに踏み切れなかったダリは、ロルカから離れ、閉塞感の強いスペインを捨てて、ブニュエルと共に芸術の都パリへ。
フランスでガラと結婚した後もダリはロルカを想い続け、彼にスペインを出るよう説得しますが、反ファシズムの政治活動にも関わっていたロルカはスペインに残ることを選び、スペイン内戦が勃発した1936年、右派勢力に銃殺される運命を辿ります。
「大自慰者」ダリのセクシュアリティ
ロルカが現実にホモセクシュアルだったことは、学生館時代から周知の事実だったようです。彼がダリを愛していたことも、ダリ自身が、
「(ロルカは)狂ったようにわたしに恋していた。わたしは尻を二度狙われた」
と暴露したことによって、全世界に知れ渡ることに。
映画『天才画家ダリ 愛と激情の青春』にも、ダリが暴露した「二度」のシーンが盛り込まれています。
一方で、ダリが妻ガラを溺愛していたこと、さらに、彼には妻以外にアマンダ・リアという(妻公認の)恋人がいたことも、よく知られている事実。
『天才画家ダリ 愛と激情の青春』が描く「ダリを愛するロルカ」は実像に近いとしても、「ロルカを密かに想い続けるダリ」は、あまりに現実のダリ像と乖離しているのでは?と思われるかもしれません。
(35歳のダリ/1939年撮影)
しかし、ダリのセクシュアリティに関する見解は、意外に専門家の間でも幅があるようです。
幼い頃から父親に性病の恐怖を強く植え付けられたダリは、セックスを恐れ自慰を好むようになったと言います。ダリ自身が語った話によると、初めてパリを訪れた時、彼は真っ先に娼館へ向かったとか……ここまではいかにも女性好きに聞こえるエピソードですが、そこで何をしたかと言えば「裸の娼婦を部屋の隅に立たせ、自分は反対の隅でその姿を眺めながら自慰した」というのです。
彼が自画像として描いた「大自慰者」(29)も、そんな性癖を裏付けるもの、ということで、ダリを(性的に)「不能」と言い切った書物もあります。
妻ガラがダリ公認で他の男性と肉体関係を持っていた事実も、この話をより説得力あるものに。
さらに、ダリの恋人(であると同時にデヴィッド・ボウイの恋人でもあった)アマンダ・リアは、元は男性で性転換したのでは?と騒がれ続けた人である上、ダリはカダケスの自宅に少年を囲っていたという証言もあることを考えると、バイセクシュアルである可能性も?
こうした話がどこまで真実かはともかく、そこから浮かび上がって来るダリ像と「隠し子」とはおよそ結びつきません。
そんなわけで、心待ちにしていたDNA鑑定結果。
結果はやはり、「白」でした。
9月に入り、ガラ・ダリ・サルバドール財団から発表されたDNA鑑定結果は、「女性はダリの娘ではない」というもの。ダリのミステリアスなセクシュアリティは、今回の騒動でもそのベールをはがされることはありませんでした。
一体、ダリは異性愛者なのか、LGBTQなのか、はたまた「大自慰者」なのか……今後も多くの人の想像を掻き立て続けていくことでしょう。
あの奇抜なパフォーマー・ダリが、昔は引っ込み思案だった?
『天才画家ダリ 愛と激情の青春』に描かれた学生時代のダリは、私たちが知る「跳ね上がったチョビ髭と奇想天外な言動がトレードマークの天才画家」というイメージとは異質。
(今回遺体を掘り起こした際もトレードマークのちょび髭は生前のままだったと報じられた。/写真・1965年撮影)
実は、マドリードの学生館時代のダリを知る人によると、彼の印象は「寡黙で引っ込み思案」。この映画のダリは当時の実像に近いようですね。
奇想天外な作風と奇抜なパフォーマンスで世界を惹きつけながらも、金銭面では抜かりのない実業家という後年のダリのイメージが作り上げられたのは、ガラの影響が大きいのでは?と言われています。
ダリの容姿に関しては、本作のロバート・パティンソンよりも、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』(11)でダリを演じたエイドリアン・ブロディのほうが激似だったかも……ただ、ロルカ役ハビエル・ベルトランは、しっかりロルカの雰囲気を見せてくれています。
(実際のロルカ)
終生愛憎で結ばれていた3人
フランスに活動拠点を移して以降のダリが、芸術家としての名声と巨万の富を掴んだのは誰もが知るところ。
彼はスペイン内戦後成立したフランコ政権を支持し、第二次世界大戦後はスペインに帰国して、国内の芸術振興にも貢献しています。
一方、ブニュエルは、国辱映画を作ったとしてフランコ政権に指名手配される身に。その後ニューヨーク近代美術館で得た職は(ブニュエル曰く)ダリの失言で失ったものの、最終的にはメキシコを拠点をに数多くの映画を製作し、映画史にその名を残しています。
ただ、残念ながらダリの失言事件後は、ダリとの仲は終生険悪だったようですね。
ロルカももし内乱を生き延びていれば……夭折が惜しまれますが、彼の詩は今も国内外で高く評価されています。
それにしても、ロルカの死後、ロルカをフった話を自慢にしていたダリの行為は、あまりに無神経。
ロルカが生きていたら、さぞ腹を立てたでしょう。
そんな心無い仕打ちの一方で、「ナルシスの変貌」(37)など、ダリの作品にはロルカのイメージが繰り返し現れている、と専門家は分析しています。
ダリは、かつてロルカに書き送った手紙に、
「きのうの日曜の午後はずっときみの手紙をすべて読み返していた。驚きだよ! どの行も、おびただしい数の本や芝居や絵はもちろん、その他色々なものになりそうなヒントだらけなんだ」
と書き記しているそうです。興奮気味のダリの熱が伝わってくるような文章ですね。
ダリにとってロルカは、後に彼のミューズとなったガラ同様に、インスピレーションの源泉だったということでしょうか。
それはロルカの死後も変わらなかったのでは……ダリの一見心無い言葉の裏には、彼なりの愛情が潜んでいたのかもしれません。
参考文献:「ブニュエル、ロルカ、ダリ 果てしなき謎」(白水社)/「贋作王ダリ―シュールでスキャンダラスな天才画家の真実」(アスペクト)
【あわせて読みたい】
※ 【王道から倒錯まで】様々な愛の形を描いた恋愛映画16選
※ まるで極上の絵画!美しさにうっとりする芸術の秋におすすめの映画7選
※ 映画を通して学ぶ、感じるLGBTの世界。 必見の6タイトルをご紹介!!品
※ 12月15日を手ぶらで迎える気!?アルティメットなアイテムを手に『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を楽しもう!
※ 【★4.0の青春映画】『キングス・オブ・サマー』をオンラインで観るチャンス!
※2021年7月25日時点のVOD配信情報です。