『ヴェノム』(2018)、『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(2021) に続くソニーズ・スパイダーマン・ユニバース(SSU)第3弾、『モービウス』が2022年4月1日(金) の公開中された。アカデミー賞に輝いた名優ジャレッド・レトを主演に迎え、天才医師マイケル・モービウスの苦悩と、哀しみを背負った戦いが描かれる。
そして本作は単なるヒーロー映画であるばかりではなく、今後のSSUの流れを占う意味でも非常に重要な作品となっている。という訳で今回は、『モービウス』についてネタバレ解説していきましょう。
映画『モービウス』(2022)あらすじ
天才的な名医として知られるマイケル・モービウスは、幼い頃から血液系疾患に苦しんでいた。その持病を克服すべく、彼はコウモリの血清を自らに投与することを決意。だがその秘密実験によって、彼は人間の血を求めるヴァンパイアと化してしまう……。
※以下、映画『モービウス』のネタバレを含みます
幻となったモービウスの『ブレイド』(1998)出演
まずは、本作の製作経緯について簡単に説明しておこう。
モービウスはもともと、スパイダーマンのヴィランとして登場した。コミックに初めてお目見えしたのは、1971年10月号に発売された『The Amazing Spider-Man』101話。このエピソードは、マーベル・コミックの偉大な創作者スタン・リーが映画の脚本執筆で多忙だったため、ライター兼編集者のロイ・トーマスの手に委ねられた。
当初からヴァンパイア的なヴィラン登場させるアイディアはあったが、トーマスは設定にひとひねり加える。ナチュラル・ボーンな吸血鬼にするのではなく、不治の血液系疾患に苦しむ医師が、「コウモリの血清を投与する」という禁断の治療法よって吸血鬼になってしまう、というキャラクターに仕立てたのだ。その悲劇性が、このヴィランに人間的な深みを与えている。
ちなみに、コミック・アーティストのギル・ケインがモービウスの容姿を描くにあたって参考にしたのは、俳優ジャック・パランス。1953年の西部劇『シェーン』の殺し屋役が有名だが、その精悍な顔立ちはいかにもアメコミ的。彼はティム・バートン版『バットマン』(1989)でマフィアのボスを演じているから、“コウモリ”繋がりでマーベル、DC両方に影響を与えたことになる。
やがて、スパイダーマンのヴィランとして人気を獲得したモービウス。『ヴェノム』(2018)を皮切りにスタートしたソニーズ・スパイダーマン・ユニバース(SSU)の新たなタイトルとして、彼が抜擢されることになる。だがこのモービウス、およそ25年前にも映画デビューするチャンスがあったことをご存知だろうか?人間とヴァンパイアの混血として生まれた青年ブレイド(ウェズリー・スナイプス)が、ヴァンパイアたちと戦いを繰り広げるアクション映画『ブレイド』(1998)。実はこの作品に、モービウスはカメオ出演するはずだったのだ。結局そのシーンはカットになってしまったのだが、DVDの特典映像でその幻の姿を垣間見ることができる。
現在『ブレイド』は、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)としてリメイクされることが決定している(主演はマハーシャラ・アリ)。原作コミックで、ブレイドとモービウスは幾度となく戦ってきた。MCUとSSUがクロスーバーすることに、マーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギも前向きなコメントを残していることから、新しい『ブレイド』で二人が映画初共演する可能性もありそうだ。
ヴァンパイア映画への愛とリスペクトが詰め込まれた『モービウス』
映画化に向けてプロジェクトは発足したものの、監督の選考は二転三転した。まず打診されたのは、アントワーン・フークア。『トレーニング デイ』(2001)、『イコライザー』(2014)、『マグニフィセント・セブン』(2016)など、スピーディ&タイトな演出で、数々のアクション映画を手がけてきた職人監督だ。本人も最初はやる気マンマンだったが、交渉はうまくまとまらず、結局このプロジェクトから降板することに。
次に打診されたのは、『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015)、『ワイルド・スピード ICE BREAK』(2017)、『メン・イン・ブラック:インターナショナル』(2019)など、ノリのいいエンタメ作品を手がけてきたF・ゲイリー・グレイ監督。だが彼も結局は首を縦に振らず、あえなくフラれてしまう。
最終的に監督を務めることになったのは、ダニエル・エスピノーサ。元CIA工作員のデンゼル・ワシントンがとにかく逃げ回る『デンジャラス・ラン』(2012)、トム・ハーディ演じる捜査官が連続猟奇殺人事件の犯人を追う『チャイルド44 森に消えた子供たち』(2015)などを手がけた実力派だが、決め手となったのはSF映画『ライフ』(2017)だろう。国際宇宙ステーションを舞台に、乗組員が地球外生命体と対決するホラー演出の手腕が、『モービウス』にも活かされている。
主演には、『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013)でアカデミー賞助演男優賞受賞など賞を総ナメし、その後も『スーサイド・スクワッド』(2016)、『ブレードランナー 2049』(2017)、『ハウス・オブ・グッチ』(2019)など話題作に出演し続けているジャレッド・レトが起用された。彼にとっても、ヴァンパイア映画に出演することは永年の夢だったという。
「僕はずっとヴァンパイアが好きなんだ。アン・ライスの小説のファンなんだよ。初めて見た映画のひとつが、白黒映画の『ドラキュラ』だったものさ。だから、ずっと好きだったんだよね。デヴィッド・ボウイが出演した『ハンガー』も大好きで、あまり知られていないけど、素晴らしい映画だと思った」
(ジャレッド・レトへのインタビューより抜粋)
モービウスが秘密の実験を行う貨物船の名前はムルナウだが、これはヴァンパイア映画の古典中の古典『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)の監督F・W・ムルナウの名前にちなんだものだろう。この映画で、帆船エンプーサ号の乗組員はほとんど血を抜かれて死んでしまうが、ムルナウ号に乗り込んだ傭兵たちも同じく血を抜かれて全滅してしまう。
また『モービウス』の予告編の第二弾では、1987年のヴァンパイア映画『ロストボーイ』で使用されたドアーズの「People Are Strange」が流れる。『モービウス』には、ヴァンパイア映画への愛とリスペクトが詰め込まれているのだ。
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』との類似性とは?
監督のダニエル・エスピノーサは、『モービウス』の舞台が『ヴェノム』の世界と地続きであることをはっきり明言している。
インタビュアー:「この世界にはどのスパイダーマンが存在するのでしょうか?ジャレッド・レトは将来、トム・ホランドと対決したいと言っていますね。そのあたりは考えていますか?」
ダニエル・エスピノーサ:「いいえ、でも『モービウス』の舞台は、いわゆるソニーズ・スパイダーマン・ユニバースなんです。思い起こせば、ソニーが『スパイダーマン:スパイダーバース』を発表したとき、異なるタイムラインというアイデアを導入して、後にマーベルのケヴィン・ファイギがそれを取り入れました。これは長い間、スタジオが考えていたアイデアなのです。私たちは“ヴェノム・ヴァース”と呼ばれる世界にいるんです」
(ダニエル・エスピノーサへのインタビューより抜粋)
確かにこの映画には、ヴェノムへの言及がいくつか見受けられる。最初の事件現場でラミレス捜査官は「サンフランシスコの事件以来、最も奇妙な犯罪だ」と述べるが、これは明らかに『ヴェノム』への参照。モービウスがならず者を威嚇する際には、「俺はヴェノムだ」というセリフまで吐いている(実はコレ、ジャレッド・レトのアドリブだったらしいのだが)。
ストーリー構造の面でも、『モービウス』は『ヴェノム』&『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』とよく似ている。『モービウス』はコウモリの血清を打ったヴァンパイア同士の戦いであり、『ヴェノム』シリーズは地球外生命体シンビオート同士の戦い。そう、SSUは一貫して「同じ種族と対決する物語」を描いているのだ。
さらに付言するならば、『モービウス』は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)とも同一の構造を有している。
※以下、映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のネタバレを含みますのでご注意ください。
『モービウス』は、血清で得たヴァンパイアとしての力に苦悩するマイケル・モービウスと、その力を進化と捉えて残虐の限りを尽くすマイロ(マット・スミス)との戦いを描いた物語。クライマックスの決闘シーンで、マイロはこの能力は呪いではなくギフトであると力説するが、これは『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』でグリーン・ゴブリンことノーマン・オズボーン(ウィレム・デフォー)が語ったセリフと一緒だ。
ピーター・パーカー(トム・ホランド)は、別のユニバースから呼び寄せてしまったヴィランたちの“悪”の部分を取り除くべく、治療を試みる。だがそれは、彼らからすれば「神から授かった能力」を失ってしまうことと同義。力を呪いと考える者が正義、力を贈り物と考える者が悪という図式になっているのだ。『モービウス』はSSUの構造を踏まえつつ、MCUにも目配せを利かせた作品になっている。
…あと、どうでもいいことですが、やたらコウモリの折り紙を折るマイケル・モービウスの姿を見て、筆者は同じく折り紙が趣味だった『ブレードランナー』(1982)のガフ刑事を思い出してしまった。マイロがモービウスを煽って叫ぶ「That’s the spirit(その意気だ)!」というセリフは、同じく『ブレードランナー』でロイ・バッティ(ルトガー・ハウアー)がデッカード(ハリソン・フォード)に向かって叫ぶセリフと一緒。
ジャレッド・レトは続編の『ブレードランナー 2049』(2017)に出演していることだし、スタッフは『ブレードランナー』に格別の思い入れがあるのかも?
ミッドクレジットシーンに秘められた意味とは?
ミッドクレジットシーンに登場したのは、バルチャーことエイドリアン・トゥームス(マイケル・キートン)。『スパイダーマン: ホームカミング』(2017)のヴィランが、まさかの再登板だった。
「コウモリの血清を打ってヴァンパイアになった男の物語」に、“元祖コウモリ男”バットマンを演じたことがあるマイケル・キートンが出演するのは、メタ視点として面白い。しかも、ジャレッド・レトは『スーサイド・スクワッド』のジョーカー役、『モービウス』のマイケル・モービウス役と、DCとマーベルを横断して出演した俳優となったが、マイケル・キートンもまたDCとマーベルの両方に出演している“先輩”なのだ。
しかし冷静に考えるとこの設定、やや無理がある。バルチャーが転送される直前、空に亀裂が走るシーンがインサートされていたことから、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のラストを受けた展開であることは間違いない。刑務所からすぐ釈放されたのは、MCU世界では犯罪者のバルチャーが、SSU世界では犯罪歴がなかったからだろう。
だがあの時ドクター・ストレンジは、MCU版スパイダーマンの世界に呼び寄せられたヴィランたちを、元々いた世界へと送り返す呪文を唱えたはず。となると、最初からMCU世界に存在していたバルチャーがSSU世界に転送されてしまう、という展開はとってもヘンなのだ。
バルチャーが即時釈放されるやいなや、モービウスを呼び出して「対スパイダーマンの共闘を持ちかける」くだりもよく分からない。なぜバルチャーは、スパイダーマンと面識もないモービウスをわざわざ呼び出したのだろうか?しかも明らかに“善人”サイドにいたはずのモービウスは、その申し出にあっさり「YES」と答えてしまうのだ。
全ては、ソニー長年の悲願である「シニスター・シックス」への布石なのだろう。これはドクター・オクトパスによって結成された犯罪集団で、ヴァルチャー、エレクトロ、サンドマン、ヴァルチャー、ミステリオなどが所属し、ヴェノムも名を連ねている。MCUの本丸がアベンジャーズ、DCEUの本丸がジャスティス・リーグとするなら、SSUの本丸はシニスター・シックスなのだ。
少々強引すぎる展開ではあるものの、SSUはついに『モービウス』でその可能性の一端を示したのである。
※2022年11月27日時点の情報です。