超精鋭パイロット養成校、トップガンの訓練生の青春を描いたトム・クルーズ主演のアクション作『トップガン』。その36年ぶりの続編となる作品が、興行収入10億ドルを突破した大ヒット作『トップガン マーヴェリック』だ。
トム・クルーズとヴァル・キルマーが前作から続投し、ジェニファー・コネリー、マイルズ・テラー、ジョン・ハム、グレン・パウエル、ルイス・プルマンらが出演。間違いなく2022年を代表する1本と言えるだろう。
という訳で今回は、『トップガン マーヴェリック』についてネタバレ解説していきましょう。
映画『トップガン マーヴェリック』(2022)あらすじ
アメリカ海軍のエリート飛行士訓練校、トップガン。かつてここで操縦技術を学んだマーヴェリック(トム・クルーズ)は、教官として30年ぶりに帰ってくることになる。そして彼は、生徒のなかにルースター(マイルズ・テラー)がいることに激しく動揺する。彼は、訓練中に命を落とした親友グースの息子だった…。
※以下、映画『トップガン マーヴェリック』のネタバレを含みます。
脇役から主役へと復活を遂げたマーヴェリック
『トップガン』は間違いなく80年代を代表する大ヒット映画であり、同時に一つの社会現象でもあった。
トム・クルーズが乗っていたカワサキのバイクやフライト・ジャケットがバカ売れし、主題歌「デンジャー・ゾーン」が大ヒット。海軍のエリート・パイロット養成学校「トップガン」で繰り広げられる恋と青春に、みんな夢中になったのである。そして、『卒業白書』(1983年)や『レジェンド / 光と闇の伝説』(1985年)に出演していたトム・クルーズを、さらなるトップ・スターへの地位へと押し上げた。『フラッシュダンス』(1983年)や『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)なども手がけた、“敏腕プロデューサー”ジェリー・ブラッカイマーの慧眼が光る。
1500万ドルの製作予算に対して、興行収入はおよそ3億5700万ドル。破格のスーパー・ヒットだ。もちろん周囲は早くから続編の製作を望んでいたが、肝心のトム・クルーズが乗り気じゃない。彼は『7月4日に生まれて』(1989年)のプロモーション中に、続編を作ることに対して“無責任”という表現で牽制していたほど。そのまま数年が過ぎ、2010年にジェリー・ブラッカイマーが監督のトニー・スコットとトム・クルーズに正式オファーを出したことで、ようやくプロジェクトが始動する。
脚本家として招聘されたのは、クリストファー・マッカリー。『ユージュアル・サスペクツ』(1995年)でアカデミー脚本賞を受賞した才人だが、その後はヒット作に恵まれず、映画界からの引退を考えていたほど不遇をかこっていた。その後『ワルキューレ』(2008年)のシナリオを手がけて、主演のトム・クルーズから絶大なる信頼を得ると、『アウトロー』(2012年)で監督 兼 脚本に大抜擢。その後もトムと強固なパートナーシップを築き、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)、『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(2017年)のシナリオを執筆するだけでなく、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015年)以降の「ミッション:インポッシブル」シリーズの監督を務めている。
クリストファー・マッカリーによる脚本では、マーヴェリックは主役ではなく脇役として書かれていたという。これは筆者の憶測でしかないが、ベテラン・ハスラーのポール・ニューマンと、新進気鋭のトム・クルーズが師弟関係を結ぶ『ハスラー2』のような、世代交代がテーマの作品だったのかもしれない。その後はアシュリー・エドワード・ミラーとザック・ステンツ(代表作:『マイティ・ソー』(2011年))、ピーター・クレイグ(代表作:『ザ・タウン』(2010年))、ジャスティン・マークス(代表作:『ジャングル・ブック』(2016年))と、入れ替わるように様々な脚本家が参画。シナリオはどんどん改稿され、現在の形へと近づいていった。脇役だったはずのマーヴェリックは、バリバリの主役へと復活を遂げたのである。
そして、前作でアイスマン役を演じたヴァル・キルマーも奇跡の復活を遂げた。彼は咽頭癌のため会話をすることができない状態。そこで音声AIを開発し、彼の声を再現することに成功したのである。技術革新がもたらした恩恵といっていいだろう。
第1作へのリファレンス、『スター・ウォーズ』との類似性
『トップガン マーヴェリック』には、オリジナルの第1作『トップガン』へのリスペクトが強烈に感じられる。それは、2012年に自殺によってこの世を去ってしまったトニー・スコット監督から、新しくバトンを受け継ぐことになったジョセフ・コシンスキー自身の想いでもあっただろう。とにかく本作にはオリジナルへの目配せ、リファレンス(参照)がそこかしこに散見されるのだ。
ハロルド・フォルターメイヤーによるオリジナル・スコアや「デンジャー・ゾーン」が流れるなか、空母から戦闘機が飛び立っていくテンションMAXなオープニングは、完全に第1作を踏襲したものだし、メイン・キャストがコールサインと共に紹介されるエンディングや、半裸のマッチョ・ガイたちがビーチフットボールに興じるシーンも同様。今作のヒロインのペニー・ベンジャミン(ジェニファー・コネリー)は新キャラだが、実は前作で「マーヴェリックがデートしたことのある提督の娘」と言及されているシーンがあったりする。
面白いのは、ペニーが経営しているバーでハングマン(グレン・パウエル)が「8」と「6」を押してジュークボックスの曲をかけていること。間違いなく1986年公開の第1作を意識した演出だ。ちなみにこのシーンでトム・クルーズは店から放り出されるが、隠語で「86」には「売り切れ」や「泥酔客」という意味があり、転じて「客を追い出す」としても使われている。何ともまあ、細かすぎるイースターエッグなり。
だが筆者がこの作品を映画館で観たときに一番感じたのは、オリジナルとの関連性ではなく、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977年)との類似性だった。
「超低空飛行で対空砲火をかいくぐり、ウラン濃縮プラントに爆弾を投下する」という今作のプロットは、『スター・ウォーズ』の「超低空飛行で対空砲火をかいくぐり、デス・スターの排熱孔に爆弾を投下する」のプロットまんまやん!と驚愕したのである。
『トップガン マーヴェリック』では具体的な敵国の名前は明示されず、「ならず者国家」としか呼称されないが、その敵国パイロットが完全に帝国軍のような格好。絶体絶命のピンチに陥ったマーヴェリックとルースターを救出しにハングマンが颯爽と現れるシーンは、ほとんどミレニアム・ファルコン号で助けにやってきたハン・ソロとチューバッカのようだ。
まさか『トップガン』の続編で、あからさまに『スター・ウォーズ』をなぞってしまうとは。その潔さと戦略性には舌を巻く。
“現代のバスター・キートン”トム・クルーズ
トム・クルーズはもちろん、ルースター役のマイルズ・テラーやハングマン役のグレン・パウエルらパイロットを演じる俳優たちは、全員過酷なトレーニングを受ける必要があった。CGではなくリアルな臨場感を重視するトム・クルーズの強い要望により、F-18のコクピットにおける芝居は、すべて実際の飛行中に撮影する必要があったからだ。時速約965kmの戦闘機に乗ると、受ける重力はおよそ8G。単純計算すれば、70kgの人には560kgのGがかかることになる。その圧力に耐えるために、3ヶ月にも及ぶ訓練が実施されたのだ。言っちゃあ何ですが、狂気の沙汰です。
しかも俳優たちは、芝居のために何時間もF-18を乗り回すだけでなく、カメラを回して撮影したり、照明の調整やメーキャップまで自分でやる必要があった。地上に戻ってくると、スタッフが撮影された映像を確認・調整を行い、また撮影のために空へと飛び去っていくのである。もう一度繰り返すが、本当に狂気の沙汰です。だが当のトム・クルーズは、インタビューでこんなコメントをしている。
インタビュアー:「俳優たちのハードなトレーニングについては、誰もが口をそろえて言います」
トム・クルーズ: 「いや、そんなに大変じゃなかったですよ」
インタビュアー:「これはやりすぎなんじゃないか、というようなことはありましたか?」
トム・クルーズ:「いいえ、全くありません。全くありませんよ」
(screenrant.com より、トム・クルーズへのインタビューを抜粋)
いやもう、全く話が噛み合っていない! 1962年生まれの彼はすでに還暦を迎えているが、アクションに対する欲求は年々高まり、スタントはより命がけになっている印象さえ受ける。
『ミッション:インポッシブル2』(2000年)で断崖絶壁をロッククライミングしてみせたり、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(2011年)で高さ828mのビルによじ登ってみせたり、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(2018年)で上空7,600mの成層圏ギリギリから大ジャンプしてみせたり、「撮影中に事故死するんじゃないか?」と観ているこちら側が心配になる。
筆者はその姿勢に、サイレント期の喜劇王バスター・キートンに近いものを感じてしまう。
彼もまた、「観客を説得するには、本物を彼らに見せるしかない」という確固たる信念を持っていた。そして自ら、スタントマン顔負けのアクションに身を投じたのである。トム・クルーズもまた史上最高のハリウッド・スターであり、史上最高のスタントマンと呼ぶべきだろう。
トム・クルーズ自身の映画論
筆者が『トップガン マーヴェリック』を観て最も感激したのは、この作品がトム・クルーズ自身の映画論になっていることだ。
前作から36年ぶりに帰ってきたマーヴェリックというキャラクターは、明らかに“時代から取り残された男”。有人戦闘機から無人戦闘機への過渡期にあって、パイロットは絶滅危惧種だ。それでも彼は現役のパイロットであることにこだわり続け、ファースト・シーンではマッハ10の壁を突破しようとする姿が描かれる。それは、トム・クルーズがこれまでのフィルモグラフィーで実践してきたチャレンジ・スピリットと呼応するものだ(ちなみに彼の新作では、民間人としては初めて宇宙空間で撮影するとのこと!!)。
CG全盛の時代にあって、自ら危険なスタントを敢行し、肉体的躍動をスクリーンに焼き付けんとする行為もまた、もはや時代遅れなのだろう。「でも、今じゃない」と、トム・クルーズは必死に自分自身が信じる映画を守り続ける。いつか時代遅れになることを知りつつ、愚鈍なまでの真っ直ぐさで、彼は映画と向き合っている。
配給のパラマウント・ピクチャーズは、コロナによって世界中の映画館が閉館されたことを受けて、劇場公開を諦めてストリーミング・サービス「Paramount+」(パラマウントプラス)での配信を検討していた。しかしプロデューサーでもあったトム・クルーズは、強硬な態度で劇場公開を主張したという。リアリスティックに考えるならば、パラマウンドの判断は決して間違っていない。だがトム・クルーズは、自分自身が信じる映画を守るために、あえてリスクを冒す判断をしたのだろう。そして、その賭けは成功した。『トップガン マーヴェリック』は、彼が主演した映画で最高の興行収入となる10億ドルを突破したのである。
“現代のバスター・キートン”トム・クルーズは、これからも史上最高のハリウッド・スターであり、史上最高のスタントマンであり続けるはずだ。それが彼の映画論なのだから。
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※2023年3月4月時点の情報です。