世界興行収入3億7000万ドルを超える大ヒットを記録し、91回アカデミー賞では長編アニメーション賞を受賞した『スパイダーマン: スパイダーバース』(2018年)。世界を熱狂させてから5年の時を経て、待望の続編となる『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2023年)が、6月16日(金)より全国で公開中だ。
第1作に勝るとも劣らない掛け値無しの大傑作だが、情報量の多さゆえにいまひとつストーリーを掴みきれなかった方もいらっしゃるかもしれない。という訳で今回は、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』について、ネタバレ解説していきましょう。
映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2022)あらすじ
アース1610で、日々スパイダーマンとして奮闘するマイルズ・モラレス(シャメイク・ムーア)。かつて強敵キングピングを倒すために共闘したウェン・ステイシー(ヘイリー・スタインフェルド)と久々の再会を果たした彼は、他の宇宙から集結したスパイダーマンたち……スパイダー・ソサエティの存在を知ることになる。
※以下、映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』のネタバレを含みます。
「スター・ウォーズ」的アプローチで書かれたシナリオ
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の製作が正式にアナウンスされたのは2019年だが、実は2018年の『スパイダーマン: スパイダーバース』の公開前から続編は構想されていた。マイルズ・モラレスとグウェン・ステイシーの関係をより深く掘り下げることも、初期から決まっていたという。
シナリオを手がけたのは、『くもりときどきミートボール』(2009年)、『LEGO(R) ムービー』(2014年)、『21ジャンプストリート』(2011年)などの作品で知られるフィル・ロード&クリス・ミラー(彼らは本シリーズのプロデューサーでもある)と、デヴィッド・カラハム。彼らは意気軒昂に脚本を執筆していくが、その途中で「1本の映画に収めるには、あまりにも分量が多すぎる!」ことに気付く。苦渋のすえ彼らが下した結論は、2作目を『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』、3作目を『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』として、映画をさらに2本に分けることだった。
もちろん2作目で物語は完結しないのだから、どうしても物語は宙吊り状態になってしまう。だが強烈なクリフハンガー(結末を示さないまま物語を終了させる作劇場の手法)があれば、むしろ3作目への興味の持続が可能になるだろう……と彼らは考えた。そう、「スター・ウォーズ」旧三部作の2作目に当たる『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(1980年)のように。
本作の監督はホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソンの3人が務めているが、そのうちの一人ドス・サントスは『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』からの影響を認めている。
「『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、それだけで1本の映画だけど、間違いなくちょっとしたクリフハンガーで終了する。とても良いクリフハンガーだと思うよ。3作目で何が起こるのか、みんなにワクワクしてもらいたいからね。そして、この作品が3部作のうちの第2部であることが分かっていたことも、大きな助けになった。3作目の物語が保証されていること分かっていたから、いつもと違うアプローチをすることができたんだ」
(ホアキン・ドス・サントスへのインタビューより抜粋)
そう考えると、前作よりもダークな手触りの『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、どこか『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』に似ている。ルーク・スカイウォーカーは、惑星ホスでダース・ベイダーの幻影とライトセーバーを交えるが、切り落とした首の正体はなんと自分自身。
そして『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』でも、アース42でマイルスが敵対するヴァルチャーの正体は、他ならぬ自分自身だった。両作とも、暗黒面に闇落ちした自分との戦いが描かれている。「スター・ウォーズ」では父親のアナキン、「スパイダーバース」ではアーロン叔父さんと、肉親がヴィランだったという設定も一緒だ。
『スパイダーバース』三部作は、「スター・ウォーズ」旧三部作的なアプローチによって構想されたのである。
「Into the Spider-Verse」から「Across the Spider-Verse」へ
第1作『スパイダーマン:スパイダーバース』の原題は、『Spider-Man: Into the Spider-Verse』。「Into」は「中へ」という意味だが、文字通りこの作品は、観客をスパイダーバース=マルチバースという未知の世界へと招き入れる映画だった。
映画の序盤、モラレスが多元宇宙(マルチバース)についての説明をビデオで見るシーンがあるが、「我々が住んでいる宇宙は多元宇宙の1つに過ぎず、似ているようでどこか異なる別の宇宙がいくつも存在している 」という、頭の破裂しそうな理論が提示されたのである。
この映画が非常に巧みだったのは、「一人のヒーローに対して、複数のコミック・アーティストが自分なりの世界観で物語を作っていく」というアメコミの仕組み自体が、非常にマルチバース的だったこと。アメコミ独自の多次元宇宙的手法を逆手にとって、異なる宇宙のスパイダーマンが一堂に会するというアイディアが、極めて斬新だったのである。そしてアース1610だのアース65だの、どの宇宙を舞台にしているかをわかりやすく明示することによって、読者を迷わせない親切設計がなされていた。
数年前は一部のアメコミオタク&SFオタクしか知らなかったマルチバースだが、『スパイダーマン:スパイダーバース』の大ヒットによって一気に認知が拡大。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年)、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022年)といったMCU作品のみならず、第95回アカデミー賞で作品賞に輝いた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年)でも多次元宇宙理論が導入され、今ではすっかりメジャー化した感がある。
そして今作『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の原題は、『Spider-Man: Across the Spider-Verse』だ。「Across」は「横切る」という意味。前作がマルチバースの中へと観客を招き入れる序章とすれば、今回はゴッタ煮なまでに多種多様なマルチバースが交錯する、かなりカオティックな作りになっている。
例えば、各ユニバースからスパイダーマンたちを結集させたスパイダー・ソサエティのシーン。ここには『Marvel’s Spider-Man』(PlayStation 4)のスパイダーマンや、『Spider-Man』(Atari 2600)のグリーン・ゴブリンなど、ゲームで使われたキャラクターが登場している。
もしくは、“決して避けることができない出来事”としてカノンイベントを説明するシーン。ベン叔父さんが殺されてしまう回想には『スパイダーマン』(2002年)のトビー・マグワイア、署長が殺されてしまう回想には『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)のアンドリュー・ガーフィールドが登場。
スポットが迷い込んだコンビニには「ヴェノム」シリーズでお馴染みのコンビニ店主チェンが出てくるし、スパイダー・ソサエティの収容所には『スパイダーマン: ホームカミング』(2017年)でアーロンおじさんを演じていたドナルド・グローヴァーがいたりする(ちなみに彼はマイルスのモデルとなった人物でもある)。過去のアニメ作品ばかりではなく、スパイダーバースはゲームや実写映画をも取り込んでいるのだ。
個人的には、レゴを使ったストップモーション・アニメまで導入してしまったセンスに脱帽。これはもちろん、脚本を務めたフィル・ロード&クリス・ミラーがかつて『LEGO(R) ムービー』を手がけていたことにも起因しているのだろうが、それにしてもあらゆるメディアをアクロス・ザ・スパイダーバースしてしまう大胆な試みが素晴らしい。
ちなみにこのストップモーション・アニメを製作したのは、カナダ・トロント出身の14歳の少年プレストン・ムタンガ君。レゴを使って『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の予告編を再現した動画をTwitterで投稿したところ、スタッフの目に留まり、大抜擢されたんだとか。なんとも夢のある話ではないか!
革新的な映像体験、実験的なアプローチ
『スパイダーマン:スパイダーバース』が画期的だったのは、「3DCGアニメーション」と「手描きアニメーション」という水と油の表現手法を共存させてしまった、革新的なグラフィック感覚。ドットや網目など、アメコミの絵柄をそのままアニメとして表現してしまうコンセプトも斬新だった。
1秒あたり24コマが当たり前のフレームレートも、24コマのうち12コマを異なる絵にする「2コマ打ち」、もしくは24コマのうち8コマを異なる絵にする「3コマ打ち」を、キャラクターによって使い分けている。ドラマのエモーションを掻き立てるために、様々な工夫が凝らされているのだ。100人以上ものアニメーターを雇い、とてつもない手間暇をかけて、今までにないビジュアル体験が生み出されたのである。
そして『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』では、さらに一歩踏み込んだ映像表現に挑戦。本作には様々な宇宙が登場するが、そのバースごとにデザインのトンマナを変えているのだ。例えばオープニングの舞台となる、グウェン・ステイシーの故郷アース65。背景はまるで水彩画のように滲んだパステルカラーで、彼女の心情にシンクロするがごとく色彩も次々に変化。写実主義とは一線を画す、極めて実験的なアプローチだ。
もしくは、コミック『Spider-Man: India』の世界をベースにしたアース50101。ムンバイとニューヨークを掛け合わせたような都市ヌエバ・ヨークは、レトロ・フューチャリスティックなタッチだ。アース42はダークで陰鬱なトーンだし、アース13122はレゴの世界だし、ヴェノム・ユニバースのアース688に至っては実写。水と油的表現を、とことん突き詰めている。
筆者は正直、ストーリーとビジュアルの情報量の多さに、脳がパンクしそうになりました。
逃れられない運命……カノンとは? 映画『ザ・フラッシュ』との共通点とは?
この映画において極めて重要なキーワード、“カノン”。フィクションの世界で、正統な作品として認められているものをカノン(正史)と呼ぶことはよく知られている。例えば「スター・ウォーズ」の場合、二次創作も含めるとそのコンテンツは物凄い量になるが、あくまでディズニーが認めた正当な歴史だけがカノンと称されることになる。
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』においてカノンとは、スパイダーマンがスパイダーマンとしての正史を全うするために、必要不可欠なイベントとなる。ゲーム的にいえば、物語を前進させるためのフラグと言ってもいいだろう。それがどれだけ悲しい出来事であろうと、ヒーローたちはそれを受け止め、未来に向かわねばならない。カノンとは、決して逃れられない運命なのだから。
だがマイルスは、父デイヴィス(ブライアン・タイリー・ヘンリー)が死ぬべき運命であることを受け止めることができない。今作のキャッチコピーは「運命なんてブッつぶせ」だが、まさに彼はスパイダーマンであることの呪いを解き放つべく、各ユニバースのスパイダーマンたちと対立関係に陥っても、たった一人で父親の救出に向かうのである。
非常に興味深いのは、“逃れらない運命”というカノン的コンセプトが、日本では同日に劇場公開された『ザ・フラッシュ』(2023年)でも導入されていることだ。
※以下、映画『ザ・フラッシュ』のネタバレを含みます。
この映画でフラッシュことバリー・アレンは、過去にタイムトラベルして母親の死を未然に防ごうとする。だが彼女が死を免れることによって、歴史に歪みが生じてしまう。スーパーマンによって倒されたはずのゾッド将軍が、再び地球に襲来。世界は再び崩壊の時を迎えてしまう。バリーは何度もタイムリープを繰り返すが、事態は好転しない。やがて彼は理解する……この平和な世界を維持するためには、ヒーローが大きな喪失を経験する必要があることを。大切な母親の死を受け止めなければならないことを。
マイルスは父親の死を、バリーは母親の死を救おうとする。だがバリーは世界を救うために、カノンを受け入れてしまった。ネットでは「両作ともテーマは同じなのに、結論は正反対じゃんか!」という、『ザ・フラッシュ』に対してやや批判的な論調も見受けられた。……だが、本当にそうだろうか。筆者は、マイルスもまたカノンを受け止めざるを得ない運命になる気がしてならないのだ。
その根拠は、題名にある。『アクロス・ザ・スパイダーバース』というタイトルから、ビートルズの名曲『アクロス・ザ・ユニバース(Across the Universe)』を想起した方も多いことだろう。ジョン・レノンが作詞・作曲したこのナンバーは、「Jai Guru Deva Om…」というサンスクリット語が歌詞に登場することでも明らかなように、超越瞑想の創始者マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーから大きな影響を受けている。ドキュメンタリー映画『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』(2020年)でも描かれていたように、ビートルズが一時期インドに傾倒していたことはよく知られている。
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の製作者たちが、このあまりにも有名な楽曲を無視してタイトルをつけたとは思えない。そう考えると気になるのは、サビで3回も繰り返して歌われる「Nothing’s gonna change my world(自分の世界を変えるものは何もない)」というフレーズだ。それはすなわち、結局カノンを変えることはできないというメッセージではないだろうか。マイルスもまた、バリーと同じ運命を歩むしかないのではないだろうか。いや、「my world」ということは、マイルスが所属するアース1610以外の運命は変えられるということなのかもしれないが……。
もちろん、これは全て筆者の妄想である。全ては、2024年公開予定の第3作『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』で明らかになることだろう。「Beyond」は「向こうに」という意味。マルチバースの向こうには何が待っているのか、期待して待ちたい。
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※2023年6月22日時点の情報です。