いまハリウッドで最もノリにノッている男、それがデイミアン・チャゼルである。
批評的に高い評価を得ているわ、興行的にも集客力が高いわ、史上最年少となる32歳でアカデミー最優秀監督賞を受賞するわ、おまけに童顔の可愛らしいイケメンだわ、若干イラッとするくらいに全てを兼ね備えた新生代のフィルムメーカー。
2019年2月現在、人類史上初めて月面歩行を成し遂げた宇宙飛行士、ニール・アームストロングの挑戦を描いた『ファースト・マン』が絶賛公開中だ。
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まだ監督作が数本しかないデイミアン・チャゼルについてどこまで深く考察できるか一抹の不安はあるものの、編集部からの依頼があれば、それに応えるのもフリーライターの生きる道。
という訳でフィルムメーカー列伝 第十五回は、デイミアン・チャゼルについて考察してみましょう。
ジャズ・ドラマーから映画監督の道へ
デイミアン・チャゼルは1985年1月19日、アメリカのロードアイランド州プロビデンス生まれ(ちなみに綾瀬はるか、上戸彩、宮﨑あおいと同学年です)。
父親はコンピュータサイエンス系のプリンストン大学の教授、母親も中世史学のニュージャージー大学の教師という、かなりの高学歴一家で育った。幼い頃から映画好きだったチャゼルだが、ジャズ好きが高じてミュージシャンになることを決意。毎日必死に練習を重ね、プリンストン高校のバンドでジャズドラマーとして活躍した。
その頃の自分についてチャゼルは、
I was a jazz drummer, and it was my life for a while: what I lived and breathed every day.
(私はジャズドラマーでした。そして、しばらくの間はそれが私の人生でした)
と述懐している。しかし哀しいかな、チャゼルは「自分が本物のミュージシャンになれる才能を持っていないこと」を本能的に知ってしまっていた。
There are a lot of musicians in my life. But movies came first for me. That was my original passion.
(私の人生には数多くのミュージシャンが存在しますが、一番最初に出会ったのは映画でした。それが私の最初の情熱となったのです)
彼はジャズドラマーの夢を諦め、最初に情熱を抱いていた映画制作への道に歩みだすのである。
ハーバード大学に進学したチャゼルは、ジャスティン・ハーウィッツという若者と出会い、意気投合する。このジャスティン・ハーウィッツこそ、のちに作曲家としてチャゼル作品の音楽を担当し、『ラ・ラ・ランド』では第89回アカデミー賞作曲賞と歌曲賞を受賞した人物。音楽のみならず、アニメ『ザ・シンプソンズ』では脚本を手がけるなど、チャゼルに負けず劣らずの才人なのだ。
チャゼルはハーウィッツと共に、卒業論文の一部としてミュージカル映画『Guy and Madeline on a Park Bench(原題)』を製作。2009年にトライベッカ映画祭で上映されるなど、高い評価を得る。
映画界にその若い才能を認められると、チャゼルはホラー映画『ラスト・エクソシズム2 悪魔の寵愛』(2013)、スリラー映画『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(2013)にシナリオライターとして参加する。
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しかしデイミアン・チャゼルは、単なる雇われシナリオライターで満足する男ではない! 満を持して、自身の監督作の製作に向けて動きだすことになる。
史上最年少のアカデミー最優秀監督となるまで
2014年にチャゼル自身が監督・脚本を務めた『セッション』は、ジャズドラマーとして研鑽を積んでいた青春時代が反映された一作だ。
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もともとこの脚本は、まだ映画化されていないシナリオを映画製作者とマッチングさせるプロジェクト「The Black List(ブラックリスト)」に登録されていて、高い注目を浴びていた。
チャゼルは長編映画の製作にこぎつけるために、まず脚本の15ページ分を短編として映画化。完成した18分の作品はサンダンス映画祭に出品されて絶賛を浴び、330万ドルの資金提供を受けることに成功したのだ。
かくして完成した『セッション』は、第87回アカデミー賞の作品賞ノミネートをはじめ、世界各国の映画賞を席巻。デイミアン・チャゼルの名前を広く世に知らしめた。
続いてチャゼルが手がけた作品が、ご存知『ラ・ラ・ランド』。
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ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンを主演に迎えたこのミュージカル映画は、製作費3,000万ドルに対しておよそ4億5000万ドルの興行収入を記録! 第89回アカデミー賞では『タイタニック』に並ぶ史上最多14ノミネート(13部門)を受け、うち6部門を受賞。デイミアン・チャゼルは、史上最年少となる32歳でアカデミー最優秀監督賞を受賞した。
最新作は、『ラ・ラ・ランド』に続いてライアン・ゴズリングと二度目のタッグを組んだ『ファースト・マン』。
宇宙飛行士ニール・アームストロングの伝記に基づいたSFドラマで、日本では2019年2月8日より全国映画館で公開。さらに円熟味を増した演出が静かな感動を呼び起こす、傑作映画に仕上がっている。
デイミアン・チャゼルはとてつもないスピードで、名実ともにハリウッド最強のフィルムメーカーに上り詰めたのだ!
※以下、映画『セッション』『ラ・ラ・ランド』『ファースト・マン』のネタバレを含みます。
デイミアン・チャゼルの作家的特徴とは?
筆者がデイミアン・チャゼルのフィルモグラフィー全般に感じるテーマは、ずばりコレである。
「あるミッションを遂行するためには、大きな犠牲を払わなければならない」。
偉大なアーティストになること、有名な女優になること、人類史上初めて月面歩行すること。どんな困難であろうと、たゆまぬ努力によってそれは叶えられるはず。ただし、それには大きな犠牲が付きまとう。その犠牲となるのは、“世俗的な幸福”であり、“家族や恋人の愛”なのである!
思い出してみてほしい。
『セッション』では、一流のジャズ・ドラマーになるために、主人公アンドリューは超絶可愛い彼女との別れを選択する。
『ラ・ラ・ランド』では、女優を目指すミア、ジャズのオーナーになる夢を抱くセブが、お互いの夢を実現させるためにやはり別れを選択する。
『ファースト・マン』では、アームストロングが妻の反対を押し切ってまでアポロ計画に参加し、映画では詳細には語られないものの離婚に至っている。
デイミアン・チャゼルはある種の才能至上主義者なのかもしれない。神様から天賦の才能を受けた者でない限り、歯を食いしばるような努力をしなければ、成功を勝ち取ることなどできないのだと。
Mozart was born Mozart. Charlie Parker was born Charlie Parker.
(モーツァルトはモーツァルトとして生まれ、チャーリー・パーカーはチャーリー・パーカーとして生まれた)
チャゼルのこのコメントには、「自分はモーツァルトではないのだから、人一倍の努力が必要。そして私が描く主人公たちも同じくそうなのだ」という想いが感じ取れる。
チャゼルが重視するのは、そんな主人公たちの内面にとことんフォーカスすること。ミッションを遂行すべく葛藤する彼(彼女)の心の奥側に、より深く、さらにより深く、カメラが分け入っていくのである。映画技法的には、「極端なクローズアップが多用される」ということだ。
『セッション』のラストを思い返してほしい。永遠と続くドラムソロで描かれるのは、それを観客席から見つめているかのような客観的描写ではなく、アンドリューの血と汗がこちらにも飛んでくるかのような、クローズアップの連続。
『ファースト・マン』に至っては、ラストシーンがアームストロングとその妻がガラス越しにお互いを見つめるだけという、これまたクローズアップだらけの演出なのである。
別の言い方をすれば、チャゼルが役者の演技力=顔の表現力を信じているからこそできる芸当、ともいえる。『ラ・ラ・ランド』でオーディションを受けるエマをクローズアップで捉えたのは、エマ・ストーンの演技力をとことん信じていたからこそだろう。
映画、ドラマを自由に横断する若き天才フィルムメーカー
ここ数年、著名なフィルムメーカーが数多くTVドラマを手がけるようになってきたが、デイミアン・チャゼルもNetflixオリジナルドラマ『The Eddy(原題)』の製作に携わることがアナウンスされている。
この作品は、花の都パリを舞台にライブハウスのオーナーの奮闘を描く、全8話のミュージカル・ドラマ。英語だけではなく、フランス語やアラビア語も入り乱れるということだから、国際色豊かな作品になりそうだ(ちなみにチャゼルの父親がフランス系という出自から、チャゼル本人もフランス語が堪能とのこと!)。チャゼルは制作総指揮のほか、いくつかのエピソードの監督も務める予定。
それ以外にも、Appleと提携してデイミアン・チャゼルが監督・脚本を務めるオリジナル・ドラマ・シリーズが進行中。映画、ドラマを自由に横断しながら、若き天才フィルムメーカーは、存分にクリエイティビティーを発揮していくことだろう。
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フィルムメーカー列伝
- 第一回:クリストファー・ノーラン作品は何故、常に賛否両論が渦巻くのか?
- 第二回:クリント・イーストウッドは何故、ジャンルを越境するのか?
- 第三回:デヴィッド・フィンチャーは何故、サスペンスを描かないのか?
- 第四回:デヴィッド・リンチは何故、甘美な悪夢を紡ぎ続けるのか?
- 第五回:リチャード・リンクレイターは何故、“時間”を自覚的に描くのか?
- 第六回:ポール・ヴァーホーヴェンは何故、セックスとバイオレンスに固執するのか?
- 第七回:是枝裕和は何故、ホームドラマの名手と呼ばれるのか?
- 第八回:黒沢清は何故、静ひつな恐怖を呼び起こすのか?
- 第九回:ドゥニ・ヴィルヌーヴは何故、SFを語り始めたのか?
- 第十回:スティーヴン・ソダーバーグは何故、映画界に舞い戻ってきたのか?
- 第十一回:ソフィア・コッポラは何故、映画界最強のサラブレッドとなったのか?
- 第十二回:スティーヴン・スピルバーグは何故、キング・オブ・ハリウッドとなったのか?
- 第十三回:ダーレン・アロノフスキーは何故、精神と肉体を徹底的に傷つけるのか?
- 第十四回:アルフレッド・ヒッチコックは何故、サスペンスの神様となったのか?
- 第十五回:デイミアン・チャゼルは何故、若くして稀代の映像作家となったのか?
※2021年1月23日時点のVOD配信情報です。