ファースト・マン』。1961年から1969年にかけてのNASAでの壮絶なミッションが、デイミアン・チャゼル監督によって、悲哀と感動を持って生々しく描かれる。アームストロングの人物描写や家族とのシーンは16ミリ、NASAの世界に入り込んだシーンでは35ミリ、圧倒的な宇宙のシーンにはIMAXの65ミリとカメラを使い分け、最高のアンサンブルを生み出すことに成功した。
主人公ニールを演じるのは、チャゼル監督とは二度目のタッグマッチとなったライアン・ゴズリング。私生活がヴェールに包まれ、口数が少ないニール・アームストロングという男の控えめな性格を体現、愛と哀しみをたたえた渾身の演技を見せてくれている。
世界を興奮の渦に巻き込んだ『ラ・ラ・ランド』以来、およそ1年ぶりに来日し、再びインタビューに応じてくれたライアンは、変わらぬ穏やかさで、こだわりの役づくりはもとより、惚れ込んでいるチャゼル監督との秘話、キャリアの礎についても語ってくれた。
――とても贅沢な宇宙空間および映像体験でした。撮影が過酷だったのではと予想しますが、一番きつかったのは?
ライアン 肉体的に厳しいというシーンは、意外になかったんだ。ただ、ニール・アームストロングという人は、そもそもパイロットである以前に根っからのエンジニアだったので、技術的な側面を理解するのに時間がかかったよ。当時の未熟な技術で、あれほどのミッションをいかに成し遂げたのかを忠実に再現するために、僕自身が技術的な部分を理解していないと演じられないからね。専門知識みたいなことを理解して、覚えて、演じるというのが一番、難しいところだった。
――家具も作れるし、ピアノも弾けるし、宇宙も詳しいということですね。
ライアン いやあ……、逆に、本作での体験を通して、僕はとんでもなく、どえらくひどい宇宙飛行士になるだろうって確信したよ(笑)。
――技術的なこと以外に、アームストロングという人柄を理解するために、どのようにアプローチされたのですか?
ライアン 僕にとって一番大きな助けになったのは、ニールさんのご家族やご友人、一緒にミッションに励んでいたNASAの同僚といった方々に直接お会いして、たっぷり時間をかけてお話を伺えたこと。ニールさんは、とにかく感情を表に出さないし、特に自分について語らないことで有名だったから、客観的にどういう人物かを知るには、身近にいた人から聞くのが一番話が早いと思っていたんだ。
ニールさんの奥さん(ジャネット)とふたりの息子さんの存在は、特に大きかった。実は、ジャネットさんは本作の公開前に亡くなってしまったんだけど……その直前にお会いできて、すごく幸せだったよ。また、ニールさんの生家であるオハイオの農場を訪ねて、妹のジューンさんにもお会いして、いろいろ昔の思い出話を聞いたりした。役作りにとても役立ったよ。
――ジャネット役のクレア・フォイさんとの共演についても、ぜひお伺いしたいです。
ライアン 僕はもともと大ファンでね。何せ、皆さんご存知の通り彼女は女王様(※クレア主演ドラマ『ザ・クラウン』のこと)なんだから(笑)。クレアは本当に素晴らしい女優さんなので、僕の即興にも“打てば響く”というか、お互いのキャラクターをいい感じに発見し合うことができた。インスピレーションを与え合うことができたんだ。素晴らしい共演者だったよ。
――夫婦としてすごく自然に見えたのですが、何か秘密がありますか?
ライアン 今回、実は非常に珍しいパターンで、テストパイロット時代(エドワーズ空軍基地に任務していた時代)のアームストロング家のセットをまるごと建てて、クランクインの2~3週間前から、クレアと子供たちと一緒に暮らしながらリハーサルをやったんだ。一応は「カメラリハーサル」という名のもとにやっていたんだけど、デイミアンはずーっとカメラを回しっぱなしにしていてね。素の感じがカメラに収められていたよ。実際、本編にはいくつかそのときのシーンも使われているんだよ。
クランクインでいきなり会って、「どうも、よろしく。初めまして」と言って始まったんじゃなくて、一緒にいられる準備期間があったから、非常に良い時間を過ごせた。あの複雑な夫婦の力関係は、その3週間を通して築けたと思う。
――『ラ・ラ・ランド』に続き、チャゼル監督とご一緒されたことにも注目が集まっています。2度目のタッグということへの率直な感想は?
ライアン 『ラ・ラ・ランド』を一緒に作ったことで、固い絆というか、信頼関係という土台がしっかりできていたから、僕にとっては楽しかったし、やりやすかったよ。お互い、本当に阿吽の呼吸で、多くを語らずとも意思疎通ができるという部分もあるしね。あとはやはり、役者と監督というよりも、よりコラボレーターとして、お互い一緒に映画を作っていくんだ、という形で進めていけたのも、僕にとってはすごく楽しい体験だった? ?
――そんな近しい関係だからこそ知る、チャゼル監督の「ちょっとここは……」とか、イラッとするようなところはあったりしますか?
ライアン (笑)。そうだね~。撮影現場でものすごいプレッシャーがかかっている中、みんながすごくバタバタして、とっ散らかった状態になっていても、デイミアンは常にクールで落ち着いているんだ。微動だにせず、取り乱した様子を一切見せない。そこだけ、見ていてちょっとイラッとするね(笑)。
――そういうことですか(笑)。ライアンさんは、そうした状況のとき、どうなるんですか?
ライアン 自分もなるべく冷静にいようと努めるけれど、デイミアンと仕事をするときは、デイミアンがそう(クール)なので「負けたくない!」みたいな感じだね(笑)。彼がそういった毅然とした姿勢でいると、自分も「ダメだ、負けちゃいけない」ってなっちゃうかな。
――過去の3作をご覧になって、ライアンさんが考えるチャゼル監督の一本通ったテーマは、なんだと思いますか?
ライアン 3作を通して追っているテーマは、目標や目的を達成する過程で、どれだけの犠牲を払わなければいけないのか、ということだと思う。もちろん、当事者のことだけではなく、周りの家族や友人、恋人にも犠牲を強いる。そこまでしてまでも、ひとつの目標を追うべきなのか、ということに、彼は一番興味を持っているんじゃないかな。
さらに興味深いのは、デイミアン自身がそういう人なんだ。追っているテーマと彼自身がまさにリンクしているという形で、「こんなのは絶対無理!」というような映画とかをね(笑)、デイミアン自身も含めて、周りの犠牲を強いて、彼自身もかなりのリスクを背負って、果敢に作品を築き上げていくところは、彼自身にも重なっていくところがあるんじゃないかなと思うよ。
――チャゼル監督は、アームストロングの家庭での一面と宇宙飛行士としての一面、平凡な日常と無限の宇宙を並列した作品にするために、「月と台所」というスローガンを掲げていたそうですね。ライアンさんご自身も、人生の中ですべてがつながっている、という考え方で過ごされているのでしょうか?
ライアン 地球上にこれだけの人間がいるのと同じように、様々な現実というものが存在すると思う。僕は、私生活というよりかは、どちらかと言うと演じる役柄でそういうことに興味があるんだ。二面性みたいなものを持ったキャラクターに、すごく惹かれるんだよ。
ライアン 例えば、デビュー作『The Believer(原題)』では、ユダヤ人でありながらもネオナチという非常に両極的なキャラクターを演じたし、『ラースと、その彼女』では、一見ノーマルで優しい青年だけど、ラブドールに恋をしているという不思議な役柄だった。『ハーフネルソン』では、教師という堅い職業に就きながらも、実は麻薬中毒者だったり。そういったふたつの現実を抱えて、その狭間で、それをなんとか自分の中で両立して保っていこうとして生きている人たちに、すごく興味を惹かれるんだ。
――ありがとうございました。最後に、アームストロングは月面着陸をしましたが、ライアンさんは今までの映画人生の中での最大の到達地点と聞かれたら、いつですか?
ライアン 一番大きな転機となったのは、『The Believer(原題)』への出演だ。僕のキャリアのスタートは子供向けのテレビ番組で、そんな中で初めて『The Believer(原題)』という作品で、いわゆるシリアスで本格的な演技に挑戦したんだ。そこで、本当にいろいろなタイプの役柄をできるドラマチックな俳優になりたい、という気持ちにもさせられて、そこから積み重ねてきた。そういう部分で、大きな転機になったね。
ライアン そもそも僕は、こう見えてジーン・ワイルダーとか、往年のコメディ俳優が大好きなんだ。でも、自分のことは一応わかっているつもりなので、おそらくそういう俳優にはなれないだろうし、コメディタイプの作品には向いていないんだろうというのも理解しているから、今のようなキャリアになってきているんだよ。(取材・文:赤山恭子)
デイミアン・チャゼル監督 ジェネリックインタビュー
ーーライアンにニール役を打診したのは、『ラ・ラ・ランド』製作の前ですよね。彼にはニールに似た部分があるから、うまく演じられると思ったのですか? ライアンは、今回の役をどう捉えていましたか?
チャゼル:『ラ・ラ・ランド』の時とはまったく違う演技を見せたね。僕は『ラ・ラ・ランド』の前にライアンと会い、ニール役を打診したんだ。まだ、ジョシュ・シンガーも脚本の執筆を始めたばかりだったが、僕はライアンしかいないと思っていた。彼以外で撮るなんて、想像もできなかったよ。ライアンはニール役に興味を持ってくれたが、なぜか話が脇道にそれて、ジーン・ケリーの話になった。それがきっかけで先に『ラ・ラ・ランド』を撮り、彼への信頼がさらにあつくなった。彼ならニールをうまく演じてくれると確信したよ。
そして『ラ・ラ・ランド』の後、すぐに準備を始めた。脚本家と共にストーリーを練り上げ、彼以外の出演者も決めた。ライアンと僕にとって充実した準備期間だった。ニールの家族にも会うことができたし、ヒューストンやフロリダの基地なども訪問した。あらゆるディテールをできる限り取り入れ、ドキュメンタリーに近づけた。1960年代のヒューストンを訪れて、撮ってきたような映像にしたよ。過去を美化するような映像ではなく、ニールの身になって観客に体感してもらいたい。狭いカプセルの中まで入ってもらうよ。
ーー最初の妻ジャネット役ですが、クレア・フォイを選んだ理由は何ですか? 夫婦役二人にはどんな指示を? ライアンによるとお互いを信頼して、夫婦を演じたとのことでしたが……。
チャゼル:僕はクレアのことはよく知らなかった。もちろん? ?ザ・クラウン』の演技は見事だったが、ニールの妻役に適しているかは未知数だ。1960年代の話で、アメリカ中西部で育った女性という設定だ。だが、クレアと会ってみたら彼女なら大丈夫だと確信を持てた。演技力もあるし、人柄もすばらしいんだ。彼女に決まると約3週間のスケジュールを組み、家族役のリハーサル期間を設けた。ライアンとクレアと子役の2人を呼び、ロケ地で過ごしてもらった。その映像は完成版でも使っているよ。彼ら四人に家族ごっこを命じたんだ。一緒に公園に行き、食事やケンカをして……、口論して仲直りする姿などを全部撮った。映画初出演の子役はカメラに慣れることができたし、夫婦役の二人は役がなじんできた。クランクインの頃には四人は家族の顔になり、しっかりとした絆を感じられたよ。準備期間のおかげで、撮影がすんなりと進んだんだ。
クレア・フォイ ジェネリックインタビュー
ーーライアン・ゴズリングについて
クレア:ニールは他人に愛想をふりまく人じゃなかった。気まずい沈黙が流れても気にしないの。でも彼を演じるライアンは優しくて思いやりがある人よ。ニールは任務だけに集中していたから、不可能と言われる偉業を達成できたんだろうけど……。ニールに対して怒るシーンは難しかったわ。ライアンがいい人すぎるからよ。
ーージャネットとニールの違いについて
クレア:ジャネットとニールの性格は正反対よ。ジャネットは社交的な女性でいつも大勢に囲まれていたの。人をもてなすのが好きだったというより誰にでも心を開くタイプだった。友人に誠実で決して裏切ったりしないの。わざとらしい友情の押し付けなどはしないけど、誰かが自分を必要としていると感じたら1,000キロ先からでも駆けつけるような女性よ。ニールも内向的な人ではなかったけれど、いつも頭の中が仕事のことでいっぱいだから社交的にふるまう余裕がなかった。ジャネットはそんな彼の代わりに面倒なことを全部引き受けていたのよ。
※本テキストは本国オフィシャルインタビューの一部を抜粋したものです
映画『ファースト・マン』は2019年2月8日(金)より全国ロードショー。
監督:デイミアン・チャゼル
配給:東宝東和
公式サイト:https://firstman.jp/
(C)Universal Pictures
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