『キリエのうた』岩井俊二監督×松村北斗「岩井作品に松村北斗、いらないだろう」プレッシャーの果てにたどり着いた安心「神が宿るようなシーン」誕生秘話まで【ロングインタビュー 】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

映画『キリエのうた』岩井俊二監督×松村北斗対談。岩井俊二作品のファンである松村北斗がオファー時に感じた不安とは?

岩井俊二監督による待望の劇場最新作は、音楽映画『キリエのうた』だ。出会いと別れを繰り返し、刹那な運命をたどる男女4人の人生が、キリエの歌声とともに描かれる。

主人公のキリエを演じた本作のミューズは、「BiSH」のメンバーとして活躍してきたアイナ・ジ・エンド。書き下ろしの劇中曲6曲を制作したアイナは、歌うことでしか声を出することができない路上ミュージシャンとして、岩井作品で俳優としての産声をあげた。

そして、姿を消したフィアンセを探し続ける夏彦となったのが松村北斗だ。兼ねてより岩井作品の熱烈なファンだったという松村が、キリエと、とある経緯で交わる役どころで出演。涼しい二枚目の雰囲気から、狂わされた運命の歯車とともに堕ちていく、すすけた姿をスクリーンに惜しげもなくさらした松村は、一人の男の13年という月日の流れを圧倒的な演技で見せてくれた。

FILMAGAでは、岩井監督と松村へロングインタビューを実施。松村は、自身が岩井作品の世界観に入ることについて、撮影前から試写を観るまで「夏彦をもっと素敵にやられる方は、絶対たくさんいるよな……」とプレッシャーに思っていたという。しかし蓋を開けてみれば……濃密なふたりの対談をお届けしたい。

岩井監督と松村さんは『キリエのうた』で初のお取り組みになりました。松村さんに夏彦という役を託した経緯から教えていただけますか?

岩井:学生時代の友人から「中学時代の(岩井監督に)似ている子がいたよ」みたいな連絡を、ある日もらったんです。当時、朝ドラに北斗くんが出ていたので見てみたら「あ!確かに似ているのかもな……」と思ったんですよね(笑)。そこからすごい気になっていた存在で、キャスティング担当者と「松村さんは、どういう人だろう?」と話をしていたのが始まりでした。

映画をご覧いただければわかると思うんですが…夏彦はものすごーく大変な役じゃないですか。自分の作品の中でも、なかなかここまで大変な役はないというくらい。それでも、夏彦は個性的な感じというよりも、どこか透明感のある存在というのが自分の中にあったので、彼はすごく合うんじゃないかなと直感的にピンときたところが大きかったですかね。「どんなふうになるんだろう?」と僕自身、すごく楽しみにして始まりました。

松村さんはそんな夏彦を演じられて、いかがでしたか?

松村:僕は夏彦の13年間を演じたんですけど、本当に大きな出来事を経験する人間なんですよね。ざっくりした言い方をしてしまうと、夏彦は流されるようなところがあるんです。でも、そんなことは人間ならたくさんあるだろうし、特に多感な思春期だと、いろいろな興味や好奇心がありえないくらいその背中を押してしまうと思うんです。そういうものの運びが、すごく少ない確率の最悪な事態となって襲ってきたのが夏彦の人生なのかなと思っていました。

夏彦の身に起きた出来事は……やっぱりすごく大きなことですし、到底それを経験していない僕のような人間は理解することが難しいというか、100%理解するのは一生かかってもできないことだな、と思っていました。ただ、何とか理解するところをこの台本に持たないといけないので、探していきました。そうすると、一瞬の迷いや一瞬の心の力みは、自分も経験してきたことがあるし、わかることはいくらでもあると感じたんですよね。自分もお芝居しながら、経験できていなかった出来事をそこで経験すればいいか、と思ってやっていました。

夏彦を通して松村さんが経験する、といいますか。

松村:はい、そういう風に思いました。あと、僕は決してお芝居一本で昔からコツコツとやってきたタイプではないので、技術も知識もまったくなかったんです。頼るものがなかったので、素直に台本と目の前で起こることを大事にしていました。それでも、どうしても考えも感じも自分ではできないところは、実際に脚本を書いてすべて知っている岩井さんに教えてもらって埋めていきました。そういうつたない、少ない武器でやった感じがしました。

撮影現場で、夏彦を演じている松村さんに対して岩井監督はどのような印象を持たれたんでしょうか?

岩井:現場への向き合い方がすごく前向きで、一緒にやっていてとにかく楽しかったですね。本当に大変なシーンもたくさんあったんです。繰り返し繰り返し同じシーンをお願いして、それでも集中力が途切れずにこちらを信じてやってくれていて……。本当にプロだなあ、という感じでしたね。

例えばどのシーンの松村さんが印象的でしたか?

岩井:クライマックスのシーンです。太陽の加減があったので、必要以上に何度もやってもらって……(苦笑)。毎回全力投球でやってもらったんですけど、ちょっと拷問に近かったかな(笑)?

松村:(笑)。

岩井:でも全然嫌がらずにやってくれたんですよね。

松村:ありましたね。周りのスタッフさんたちが「岩井さん、もう……!もう!」とおっしゃっていたのをよく覚えています(笑)。晴れた昼間から陽が落ちるまで同じシーンを何度も続けていました。

実は、ワンカット目から岩井さんは「やー、すごい。本当に素晴らしい」とおっしゃってくれて。「でも、陽がさっきよりもこのシーンにマッチするんだよ」と言われて、ちらっと見たら確かに空の雲の具合や光のさし方が、本当にそうだなあという感じがしたんです。そこで「ああ、自分の目に映っていないところでそんなことがあるんだ。空って大事なんだな」という気づきを得たので、すごく納得しながらやりました。

自分で言うのもなんですけど……シリアスなシーンだったのもあり、時間が経つごとに確かにどんどん良くなるですよ(笑)。本当に何回も繰り返してぼーっと見上げたとき、ちょっと夕焼けになっていて。岩井さんから「さっきよりも本当にいいんだよ!!」と言われると、「じゃあもう1回やりたい」と思ってやっていました。ただ、体力だけはどんどんへろへろになっていって(笑)。

岩井:普通のシーンじゃないし、神が宿るようなシーンにしたかったところもあったんです。ちょっとねばりましたね。

そうしたここぞのシーンのときに、松村さんは岩井監督に相談されたりしたんでしょうか? お二人のやり取りは、どのようなシーンや台詞のときに発生していたんですか?

松村:どのシーンというよりも、例えば、本当に思って言っても、半分うわの空で言っても成立するような台詞について相談したりしていました。日常の会話でも、そういうことはたくさんありますよね。岩井さんに聞くと、「ああだから、こうこうこういうことなんだろうね」と返してくださるから、やっぱり答えを持っているんですよね。

もちろん全部が全部それではダメというか、自分がこれだと思ったものでやるところもたくさんありました。それでも「ここはちょっと埋まらないと、んー……」と思ったところだけは聞いて、説明していただいたという感じでした。

岩井:大半は北斗くん自身が、自分の身体の中で実感できていくところでやれたことが、こっちから見ていてもうまくいっているという感じでした。それはアイナちゃん、(広瀬)すずちゃんを含めてでしょうけれど、納得しながらみんなで作っている感じだなと思っていました。

自分からしても「こういう役だからこうしゃべるよね」ということではなくて、夏彦のどこかの人生のある瞬間でしゃべる言葉なので、僕が正解を持っているわけでもないというか。こっちも手探りではやっているんだと思うんです。だからほとんどは対話なきところでセッションしていて、彼が動いているのを見て、僕も光の具合やカメラワークを見たりしながら、「なるほど、こうなるんだ」と思っていましたね。

監督はそもそも「こんなふうに演じてほしい」ということ自体あまりお話したりなさらないということなんですね。

岩井:どの役者さんでもそうですけど、1回完全にその方が取り込んで動くということなので、そこから先は人それぞれというか。そのキャラクターを「もっとこっちにしてくれ」と言うのは簡単なんですけど、言うほどそんなに変わらなかったりもしますし。その人の得意はどの辺なのかも探らなきゃいけないし、最終的にどの役もあたかもそこにいるように演じてもらわなきゃいけないので、探り合いだなとなっちゃうと思うんです。

現実では引き算する場合もあって、じゃあどう撮ろうとか、編集でこう見せようとか計算しながらやっています。けど、北斗くんとやっていると逆に足し算というか、「こんなこともやらせてみたい、あんなこともやらせてみたい」という感じでいろいろな場面が浮かんできたんですよ。「そういえば、こういうの書いてなかったな」と現場でも浮かんで、想像させられるタイプでした。やっていてすごく面白いというか、「ああ、なるほどな、こう育ってきてできあがっていくんだな」という刺激を受けていました。

主人公はキリエですが、もう一人の主人公ともいえる夏彦の存在こそ、ものすごく大きく強烈でした。岩井監督自身の夏彦への思い入れがかなりあったんでしょうか?また松村さんだから、ここまでできたのではという気持ちもお持ちですか?

岩井:石巻と仙台という自分の故郷を舞台にはしているので、ある種、夏彦は自分の思い出の集大成みたいな存在でもあります。夏彦という存在への思い入れも、ひとかたならぬところがあって……。だから実は、『キリエのうた』を撮りながら夏彦という映画を撮っているような感じでしたね。

もっと言えば、もともと夏彦を主人公に書いた物語があったんです。それがそのまま入ってきているので、夏彦は主役を翻弄するサブキャラクターではなくて、夏彦は果てしなく翻弄される主人公でもあるんです。夏彦というのを作り上げていくのは自分の中で一大事業としてあって、どんどんビルドアップされていくのを日々見ていた、感動を持って眺めていたという感じでしたね。北斗くんは、そのぐらい新鮮に、ヴィヴィッドに演じてくれました。

本作の音楽は『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』でも組んだ小林武史さんが担当されています。松村さんもアイナさんも俳優だけではなくてアーティストですし、音楽がことさらポイントになっている映画ですよね。

岩井:さっき北斗くんが「少ない武器で戦った」と言っていたけれど、実際、北斗くんもアイナさんも歌も踊りもやられる人なので、見えないところでその身体能力や表現力だったりが、プラスアルファのエネルギーとして常に持ってくれていると僕は思っていました。それがささやかな演技でも、どこかそこの表現力があるから、どのシーンでも役に立っていたんじゃないかなと。ささいなシーンでもそこの動きややりとりに独特なものが出てきますしね。

実際、ギターを弾いてもらったシーンもありますし、お芝居しながらも音楽もあって、みたいな感じでした。だから現場には高揚感があって、本当に楽しかったです。普通の現場よりも音楽がたくさん現場に入ってくると、こんなに高揚するもんなんだっていうくらい僕自身も高揚しながらやっていましたし(笑)、素晴らしかったですね。そういう意味で、本当に今回は「音楽映画」と言ってもいいものだと思います。音楽とお芝居との境界線もあまり感じずに、上手くやれていたと思います。

松村さんには、共演シーンの多いアイナさんの印象をお伺いしたいです。

松村:撮影中、すごく自然体に思えるけど、ものすごく神経が鋭い方だと思っていました。だからお芝居しながらも風が吹いたこと、どこかで音が鳴ったこと、全部わかっているというか。ものすごい集中を1点に集めても、まだ神経が残っている感じが……それが全部お芝居に出ていらっしゃるなと思います。

キリエと夏彦は、キリエにリードされていくことが多かったと思うんですけど、お芝居の中でもアイナさんが何かに気づいたことで夏彦も追って、「ああ、確かに今風が吹いたな」みたいなことを感じていたり、ちらっと何かを一緒に見たりとかがあったような気がします。すごく自然だけど、あり得ないほどその神経が皮膚ぎりぎりまできているような、本当にそういう方だなという印象でした。

最後に。松村さんは好きな監督と聞かれると、真っ先に岩井監督の名前を挙げるほどお好きだと伺いました。こうして岩井ワールドに入ってみて、その世界で生きたご自身について、率直な感想を伝えてほしいです。

松村:撮影中は……というより出演が決まってから、ずっと勝手に「いや、岩井作品に松村北斗いらないだろう」、「え、松村北斗が入れるの?」と思っていたんです。もし自分が松村北斗じゃなかったらがっかりするな、というか。自分でそういうプレッシャーを与えちゃうような現場でした。なんか……すごくそう思い込んでいたんですよね。やりながら「もっと夏彦を素敵にやられる方は、絶対たくさんいるよな……」と思ってしまう瞬間もたくさんありましたし。自分がすごく好きな世界観だからこそ、そこの人間じゃない感じに思ってしまうというか。

でも完成作を観ると、表現がすごく難しいんですけど……、岩井さんが撮ったから自分が想像していた自分には映っていなかったんです。だから「ああ、誰でもよかったのかもしれない」とわかりました、誤解のないように伝わってほしいんですけど(苦笑)!岩井さんの強烈な1枚のフィルターがかかっているから、自分でも「そんなところを切り取られてそんなふうに撮られていたんだ」とすごく感じたんです。決して自分の実力ではないと思うんですけど、完成したものを観て本当に安心しました。多くの方に観ていただきたいです。

(取材、文:赤山恭子、写真:iwa)

 

映画『キリエのうた』は2023年10月13日(金)より全国公開。

出演:アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華 / 広瀬すず
監督・脚本・原作:岩井俊二
企画・プロデュース 紀伊宗之(『孤狼の血』シリーズ『シン・仮面ライダー』『リボルバー・リリー』他)
制作:ロックウェルアイズ
配給:東映
公式サイト:https://kyrie-movie.com/

(C)2023 Kyrie Film Band

※2023年10月12日時点の情報です。

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