『名前』や『僕たちは変わらない朝を迎える』などの戸田彬弘監督が、自身の主宰する劇団チーズtheaterの旗揚げ公演として上演した舞台『川辺市子のために』を映画化した本作。戸田監督が自ら脚本を書き下ろし、主演に杉咲花を迎えた。ほかに若葉竜也、森永悠希、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆりなどが名を連ねる。
市子とは、どういった女性なのか。ストーリーが進むにつれて、徐々に見えてくる市子の人生にあなたはどんな印象を抱くだろう。
『市子』（2023）あらすじ
3年間共に暮らした恋人・長谷川（若葉竜也）からプロポーズされた次の日、市子（杉咲花）は突然姿を消す。失踪届を出した長谷川だが、警察の後藤（宇野祥平）から川辺市子という女性は存在しないと告げられる。困惑した長谷川は、後藤とともに市子の幼馴染や高校の同級生、友人から市子に関する証言を集める。彼女に関わった人物たちを通じて、徐々に彼女の人生と秘密が明らかになっていく。
※以下、本作のネタバレを含みます。
市子を知る人物たち
この映画は、茹だるような暑さのなかをフラリと歩く市子の後ろ姿から始まる。場面は変わり、セミがうるさく鳴く夏の室内で、急いで準備をして部屋から逃げ出す市子。市子と暮らす部屋に帰宅した長谷川は、彼女がいないことに取り乱す。姿を消した市子を探す長谷川のように、市子が幼いころから関わってきた人物たちのストーリーへと切り替わる。
市子の幼馴染は、同い年だと思っていた彼女がなぜか2年下の学年になっていること、周りから月子と呼ばれていることを不思議に思っていた。また、彼女の小学校の同級生は、市子の家に介護用のオマルがあることを記憶していた。高校時代の市子の彼氏は、同級生・北秀和（森永悠希）と親しげにしていること、キスやセックスを嫌がるようになったことを不思議に感じていた。
市子のさまざまな時代の出来事を経て、徐々に市子の人生が明らかになっていく。長谷川は市子がなにか事件に巻き込まれているのではないかと疑い、後藤を問い詰める。後藤は、市子が離婚してすぐに生まれた子どもであったせいで、無戸籍のままで生きてきたこと、市子の妹・月子が難病を患っていたこと、その難病を患った女性の遺体が見つかったことを告げる。
無戸籍だった市子は小学校への入学を境に、難病を患っている妹・月子のフリをして生きてきたのだ。そして月子と考えられる遺体が山で見つかったばかりだった。
物語の結末、市子の人生はどうなる？
長谷川と後藤は、同じく市子の行方を探していた北秀和のもとを訪れていた。彼には高校時代の市子との間に、罪の共有があったのだ。
北は、市子が義理の父親である小泉（渡辺大知）から性的虐待を受け、はずみで殺害してしまうところを目撃していた。市子と共に小泉の遺体の処理までしていたのだ。その事件があった後、市子は北の前から姿をくらませて市子として生きていた。北は、市子が無戸籍であること、月子と小泉を殺したことも知っている。市子にとって平穏に生きていく上で邪魔な存在になっていた。
市子は長谷川のもとから姿を消した後、北の家に姿を隠していたが、再び姿をくらませてしまう。市子の様子を気にする北のもとに、市子と同じく細身で黒髪ショートカットの女性が現れる。自殺を手助けしてもらえると聞いてやってきたという彼女に出会った北は、市子が何をしようとしているのか気づいてしまう。北は市子に呼び出された海へ、自殺志願者の女性を連れて向かった。
その頃、長谷川は市子の過去に隠された真相を知りたいと市子の母親・川辺なつみのもとを訪れていた。なつみから幼少期の頃の川辺家の幸せな様子、月子の介護に追い詰められる家庭の状況、市子が月子に手をかけてしまった頃の様子が明かされる。長谷川は市子を想い、涙するのであった。
長谷川がなつみのもとを去る頃、テレビからは海から二人の男女の遺体が見つかったというニュースが流れていた。そして海を背に向けて、フラリと歩く市子の姿が映され、物語は幕を閉じる。市子は邪魔になった北も殺し、自殺志願者の戸籍を手に入れ次の場所で人生を歩むのだろう。
この物語をどう捉えるか
市子は自分の人生を守るため、妹の月子、義理の父親の小泉、高校の同級生・北、自殺志願者の女性を殺した。自分が生きるために人を殺し、周りを振り回してきた。北からは、お前は悪魔だと言われるほど。
ただ、市子の人生が狂ったのは、彼女の母親が無戸籍を選び、月子のフリをさせることを選んだから。この時点で別の選択ができていれば、彼女の人生はここまで狂わなかっただろう。市子自身にはどうすることもできなかった選択によって、彼女は嘘を付き、逃げ続けなければならなくなってしまった。長谷川との幸せな生活を諦めて。
市子には確実に幸せだった時間もあった。長谷川となんでもない穏やかな日常に愛おしさを感じていたことも事実だ。市子が幼い月子と一緒に家族4人で暮らしたときの写真を大切に持っていたのは、あの頃が心の拠り所になっていたからだろう。世間から見たら4人も殺した殺人犯であっても、彼女はただ普通の幸せな日常を求めていただけなのだ。
市子がどんな人物であると感じるのかは、観ている者によって変わるだろう。あなたは市子を殺人を重ねたひどい女性だと思うのか、愛を求めて嘘を重ねなければならなくなった悲しい境遇の女性だと思うのか。あなたの心で判断してほしい。
(C)2023 映画「市子」製作委員会
※2023年12月16日時点の情報です。
