昨年大ヒットし、現在も文字通り“ロードショー”されている塚本晋也監督(『鉄男 TETSUO』、『KOTOKO』)の最新作『野火』。
(c)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
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本作で描かれるのは第二次世界大戦末期、フィリピンのレイテ島で食糧も尽きかけ、病気に蝕まれ、自分が生きてるかどうかもままならない状況に置かれた日本兵の姿。そして戦争というものが彼等にとって“日常”と化してしまった異様な空気を持った世界の様子です。
塚本晋也監督だからこそ出来る“隠されない暴力性”と戦争の愚かさを嘲笑うかのように映し出される皮肉なまでに美しい情景に、観客の誰しもは魅了され、また目に焼き付いて離れなかったと思います。そんな塚本監督の映像作家としての力量もさることながら、実はそれは『野火』に始まったことではありません。
では、塚本監督の映像世界はどこから始まったのか?“塚本晋也”という名が世界に知れ渡ることとなった長編デビュー作『鉄男 TETSUO』から作品をいくつか掻い摘んでその軌跡を辿っていきましょう。
~製作費1000万の自主映画が示した強烈なインパクトの『鉄男 TETSUO』~
正確な原点は1986年の短編『普通サイズの怪人』ですが、なにより“塚本晋也”という映画監督が日本だけに留まらず世界にも知られるようになったキッカケの作品といえば『鉄男 TETSUO』だったのではないでしょうか。
本作は製作費1000万(最終的には1300万)、四畳半のアパートの一室で廃材を使いVFXを作成されました。監督はもちろんのこと、脚本、編集、照明、撮影、美術、特撮の総てを塚本監督が一人で行い、たった数人のスタッフだけで制作された自主映画です。
VFXに関しても当時の自主製作映画でCGが使えるはずもないので、実際の人間をコマ撮りアニメの手法で撮影し、独特な映像表現を作り出しています。
物語はシンプルなもので、主人公の身体が徐々に鉄と化していく恐怖を描いています。その「アイデア一発!」みたいな題材を8mmの白黒映像だけで説得力を持たせたという部分がなにより凄く、この時点で塚本監督の卓越した映像表現は確かなものだったと言えます。
また、本作を象徴しているのが暴力とエロスの表現であり、これは塚本晋也監督作品全般の一貫したテーマ性とも言えるのですが、特に『鉄男 TETSUO』ではそれが炸裂していて、観る者に強烈なヴィジュアル・インパクトを与えました。
これは言葉にするより実際に観てもらう他ありません。言葉で表現するよりも暴力とエロスを登場人物が体現する『鉄男 TETSUO』の世界はまさに塚本監督の映像表現の原点だと言えるでしょう。
U-NEXTで観る【31日間無料】~映像表現の新たな一歩!息も詰まるような体験をする『ヘイズ HAZE』~
塚本作品の中ではあまり話題に挙がることのない映画『ヘイズ HAZE』。本作は2005年に塚本監督がこれまでアナログ制作にこだわっていたところからデジタルに移行した最初の作品です。
本編時間も約50分と短く、物語としても主人公が目を覚ますと見覚えのない密室にいて、そこからの脱出を目指すという当時の流行から量産されたシチュエーション・スリラーの装いがあり、あまり印象付かれなかったのかもしれません。しかし本作こそ分かりやすく『野火』に通じる要素があると思うのです。それが「体験としての映画」という部分。
『野火』では主人公の田村一等兵の目を通して感じられる戦場の空気が観る者に伝わり、まるでそこにいるかのような体験をさせられます。一方『ヘイズ HAZE』では閉所に閉じ込められた主人公がワケも分からぬままその状況から脱出しようともがく様をひたすら描いているのですが、意図的に俯瞰のショットがほとんど無く、閉所で苦しむ主人公に極限までカメラを近付けることで観る者にも窮屈感を与え、主人公と共に苦しくなるような体験をさせられるのです。
登場人物の視点、感じている空気、切迫した状況を観る者に与え実感させる撮り方をしているのが『ヘイズ HAZE』と『野火』の代表的二作品と言えるでしょう。『ヘイズ HAZE』に関しては世間一般的にもあまり評価されていない気がしてならないですが、ここまで観ていて苦しくなるほど“体験させられる”映画もないので、私個人としてもお勧めしたい作品です。
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この作品は『野火』を除けば塚本監督作の中では一番最近の作品です。
塚本監督自身が女性シンガーソングライターのCoccoさんに魅了され、彼女の見えている世界や、彼女自身を物語にしようと考えたことが本作誕生のキッカケだったようです。塚本監督は古くから彼女のファンで、1998年の監督作『バレット・バレエ』に登場するヒロインはCoccoさんをモデルにしているのだとか。
そんなCoccoさんにとって初の映画主演作となった『KOTOKO』はまさに彼女そのものを描いた作品なんですね。本作を象徴する世界観の一つに、劇中の主人公“琴子(コトコ)”にはあらゆる人物が善と悪の二人に見えているという演出があるのですが、これは実際に塚本監督が本作を撮る前の段階でCoccoさんにインタビューをした際に「私には世界が二つ見えるんです。」という言葉を聞いて驚き、演出に取り入れたものだそうです。
『野火』は戦争映画で、一方の『KOTOKO』は琴子という一人の母親の物語ですがこの二作品に共通するのは「生きる」ということと、そこから逃れることのできない主人公の姿。「生きる」ことにもがき苦しむ『野火』の田村一等兵と『KOTOKO』の琴子です。
そんな二人を優しさなどではなく嘲笑うかのように包み込む美しい情景がまた「生きろ」と言っているように感じられるのは、塚本監督の演出力と映像の“魅せ方”にあるのだと思います。
『野火』をご覧になった方で、塚本監督作に興味を持って下さった方はぜひ『KOTOKO』を観てみるのも良いのではないでしょうか?決して同じというわけではないですが、「生きる」という確かなテーマ一つで異なった世界の、異なった美しさをカメラに映し出す塚本作品にさらに魅了されることでしょう。
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『鉄男 TETSUO』、『ヘイズ HAZE』、『KOTOKO』と三つの作品を振り返り、現在ロングランヒットを迎えている『野火』に至るまでの塚本晋也監督が魅せる映像世界の素晴らしさを私なりに伝えてみました。『野火』に関しては、なかなか配給会社が付かなかったこともあり、監督自らが日本中の劇場に足を運び、今を生きる映画ファンをはじめとした人々に作品を届けています。
これまで塚本晋也監督のことをよく知らなかったけど興味を持って下さったという方は、今回紹介した作品をはじめとした素晴らしい塚本作品はまだまだありますので、ぜひご覧頂けたらと思います。
※2022年5月30日時点のVOD配信情報です。