全米で公開され、ディズニー・アニメーション史上No.1のオープニング興収を記録した『ズートピア』が、今週末23日いよいよ日本で公開されます。
愛らしいキャラクターと設定だけでなく、現代の人間社会で問題視されている性別、年齢、学歴、出身地などへの偏見に異議を唱えるとても深いストーリーになっています。
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最近のディズニー・スタジオのアニメーション映画は、『アナと雪の女王』『ベイマックス』と興行的にも大きな結果を残しています。毎回新作が出るたびに傑作が出るディズニー・アニメーションには、なにか秘密があるのでしょうか。ディズニー映画といえば、『白雪姫』から続く童話のアニメーション化ですが、現在はそれとは違ったストーリー作りにより、様々な人が共感するものになっています。
今回は、ディズニー映画がなぜ多くの人を魅了させる話を作るようになったのか? その理由を過去作品からの歴史を振り返りつつ、その中でピクサーがどう関わっていったのか、重要な人物含め考察していきたいと思います。
なお今回の考察において、ピクサー創設者エドウィン・キャットマル著「ピクサー流 創造するちから」を参照し書かせて頂いています。
ピクサー誕生の秘密〜『トイ・ストーリー』がヒットするまで〜
ピクサーが、当初はルーカス・フィルムの一部門だったことはご存知でしょうか。1977年、ジョージ・ルーカスにより『スター・ウォーズ』が公開され、一代の大ヒットを生みました。巧みな視覚効果を使った演出は観るものを圧倒させ、ヒットした資金を使いジョージ・ルーカスは1979年コンピューター部門を立ち上げました。その部門を任されたのが今のピクサーの経営トップであるエドウィン・キャットマルのチームだったのです。
当時はCGアニメーションは前衛過ぎるものであると制作に賛同してくれる人はいませんでした。そんなときにキャットマルに同意を示したのがジョン・ラセターでした。ラセターは後にディズニーからクビを宣告され、CGアニメーションに可能性を抱いていた二人は意気投合しルーカスフィルム内で働くようになります。
しかしルーカスフィルム内では長編アニメーション映画を作ることに共感を得られないまま、1983年ルーカスが当時妻であったマーシャと離婚する際の慰謝料の補填としてコンピューター部門を売却することになりました。ゼネラルモーターズなどの大手が買手として手を挙げていましたが、契約締結1週間前に頓挫してしまい、途方に暮れていたときに救いの手を差し伸べたのが、アップル創業者のスティーブ・ジョブズでした。
当時、自身が創業したアップルから追放されてたジョブズが、次のビジネスの可能性を模索していている最中で出会ったのがピクサー。ジョブズは1986年にピクサーをルーカスフィルムから分離独立させるために500万ドル、買収後に会社の経営資金としてもう500万ドル支払い、ピクサー・アニメーション・スタジオが誕生しました。
当初は、ピクサーのロゴでもある電気スタンドが主人公のショートフィルム『ルクソーJr.』が1987年のアカデミー賞にノミネートされたものの、ピクサー・イメージ・コンピュータを販売することが基幹事業のハードウェア会社であり、事業上利益が出せずに苦しい時期が続きました。
そんなとき、ディズニーが『リトル・マーメイド』から『ライオン・キング』までヒットを連発させ、長編映画の制作数を増やすためにパートナーを探していた所、ピクサーに白羽の矢が経ちました。ディズニーは、ピクサーの映画作品に出資し、ディズニーとして配給することを要求したのです。かくも飲み込まれてしまいそうな交渉も、スティーブ・ジョブズの手腕によりピクサーの技術力を盾に、1991年以降配給することになるピクサーの映画3作品の制作費の大半をディズニーが支給するという契約で締結されました。
そうしてディズニー配給の長編映画の第1作として『トイ・ストーリー』が誕生し、1995年に公開するや否やピクサー初の映画が興行収入記録を打ち立て、全世界で約3億6200万ドルの興行収入の記録を出したというわけです。
そんな『トイ・ストーリー』の世界的大ヒットの裏側で、スティーブ・ジョブズはピクサーをIPO(株式公開)し、見事1億4千万ドルの金額を調達することに成功しています。それがあり、ディズニー側はピクサーと同等の契約関係を結ぶことを提案してきたのです。ピクサーはCGアニメーションが世界的に評価されただけでなく、財務的に安定した基盤を手にいれることができたのです。
ディズニーがピクサーを買収した理由とその後の立直し
ディズニーのアニメーションの歴史は、1937年の『白雪姫』から始まり、1950年から1955年にかけて、古典的映画作品『シンデレラ』『ピーター・パン』『わんわん物語』と続きます。
1966年に創始者ウォルト・ディズニーが死去してから、ディズニー・アニメーションは長きに渡り低迷しましたが、1989年に『リトル・マーメイド』をヒットさせ、これを皮切りに『美女と野獣』『アラジン』など第二となる黄金時代を築きあげました。
その復活の指揮を取ったのが、当時のウォルト・ディズニー・カンパニーCEOのマイケル・アイズナーと制作の指揮を取ったジェフリー・カットェンバーグ。彼らは、昔からスタジオで働いてた伝説的なアーティストの才能と、最近採用したフレッシュな発想溢れるアーティストの両者から生まれる芸術性溢れる作品を生み出し、ディズニーに莫大な利益をもたらしました。
しかし制作本数を増やすために、世界に多くのスタジオを開設し短期で作品が作られることが求められた結果、最終的に品質が低下し、1994年に『ライオン・キング』において全世界で9億5千万ドルの興行収入を上げたことを頂点に、16年間(2010年まで)は興行成績1位になったディズニー・アニメーションは1本もなくなる程衰退していきました。
対照的に、ピクサーではヒット作を連発します。『バグズ・ライフ』『トイ・ストーリー2』『モンスターズ・インク』。2003年には『ファインディング・ニモ』がアカデミー賞にて、アニメーション映画部門賞を受賞。2001年から設けられたアカデミー賞の長編アニメーション部門において、ディズニーは一つも受賞していないのに対し、ピクサーは実に7回も受賞をします。
▼「トイ・ストーリ―」の公開20周年を記念した「Pixar: 20 Years」
ディズニーとピクサーの関係は、ピクサー映画の続編をピクサーの意見を取り入れずに制作する権利を行使するための組織「サークル7」があったため、良好ではありませんでしたが、独裁だったアイズナーがディズニーから退任され、ボブ・アイガーへCEOが交替することを皮切りに、ジョブズはディズニーとの合併を考えるようになります。
そして2006年ウォルト・ディズニー・カンパニーは、74億ドルでピクサー・アニメーション・スタジオを買収します。ディズニーアニメーションを蘇らせるための買収として、エドウィン・キャットマル、ジョン・ラセターがピクサーとディズニーアニメーションの両方の経営を任せることになりました。(ジョブズはディズニー社の筆頭株主となり、取締役に就任)
ディズニー・アニメーションがピクサーのものに取って代わるものではなく、互いに独立して繁栄すること、ディズニー・アニメーションで働く社員を再び元気にし、彼らがまた偉大な存在に戻る手助けをするという使命のもとでの合併でした。
そしてピクサー買収後、『塔の上のラプンツェル』が制作され、芸術的にもビジネス的にも大成功しました。世界で5.9億ドルという当時ディズニーアニメーション歴代2位の興行収入を達成。スタジオとして16年ぶりの1位獲得作品となったのです。ピクサーの”クリエイティブな環境がディズニーにも通用するものだということを証明することになりました。
その後みなさんご存知のように、『シュガー・ラッシュ』、そして『アナと雪の女王』が世界的大ヒットし、ディズニー・アニメーション初のアカデミー長編アニメ映画賞を受賞しました。ディズニーはピクサーを買収することで、人員を変えることなく、”創造性”を持つ団結したチームに変貌しました。
創造性溢れる社員を生み出すためにやったこと。それは管理者がコントロールを緩め、リスクを受け入れ、社員を信頼すること。キャットマルがやったことは、見えない問題を常に明るみに出し、その問題を全力で解決する”クリエイティブ”な環境作りだったのです。
情熱を持った人たちが作るからこそ面白い!
最近のディズニー・アニメーションが傑作を出し続ける理由が少し理解できましたでしょうか。従来ディズニーにあった”創造性”を再び表に出すきっかけをピクサーによってもたらしただけで、これほどまで人々を楽しませる映画が世に生まれました。その”創造性”を生み出す具体的な仕組みは今回紹介しきれませんでしたが、ご興味あれば「ピクサー流 創造するちから」をお読み下さい。
最後に現在のディズニーの映画の面白さの裏側にはピクサーの支援があり、そしてピクサーが今あるのにはある一人の人物が大きく存在していたことにお気づきでしょうか。
ジョージ・ルーカスからピクサーの前身である部門を買い取り消滅する危機から救い、安定したアニメーション制作の供給を行うために、ディズニーというパートナー企業との架け橋になった存在。
”スティーブ・ジョブズ”がいなかったら、今のピクサー、そしてディズニー・アニメーションは存在していなかったことが分かります。
成果が出ず赤字が続いた創業時、その度に資金を援助し、自己資金も手を出してピクサーを信じ続けた理由はどこにあるのでしょうか。
それは一つにピクサー社員の情熱とそれを具体化させる飽くなき品質向上の精神があったからでしょう。
ピクサーの精神は、誰もが”創造力”を持っているということに帰結するかと思います。日本にも偉大なクリエイターはたくさんいます。しかしどこかその人のワンマンで終わっていないでしょうか。その人の情熱がなくなったら、その時点で終わってしまう。しかしピクサーの精神は、偉大な経営者や監督、そして創業から支援し続けたジョブズさえいなくなっても生き続けています。
ピクサー創設者であり、現ディズニー・アニメーション社長でもあるエド・キャットムルが目指しているのは、「社員が最高の仕事ができる」ことだからです。
それは買収によって失われることなく、今もディズニーの映画においても受け継がれていることは『ズートピア』を観れば分かります。今作は”多様性”を尊重し、個々の生き方を一人一人が認め合う素敵な世界。ピクサーとディズニーの歴史から通じるものが実はこの映画に詰まっており、その意味で『ズートピア』も、ディズニー史に残る傑作映画として評価されるだろうと感じます。
みんなで議論を重ねてストーリーを作ることに関して、作家の個性が感じられない、”没個性的な脚本”と批判する方もいるかもしれません。ジブリの宮崎駿のように圧倒的な創造力の持った天才から生まれる映画と比較すれば、なにか物足りなさを感じることは否定できません。
しかしディズニーが提供する価値は、一定のファンを虜にする映画作りにあるというより、”大衆”を揺るがすような道徳的なアニメーション作りこそ意義があると著者は考えます。今やディズニーが提供するものの影響の大きさは世界を変えるに匹敵する程大きいものになっています。
『ズートピア』の主人公のジュディのように「世界をよりよくしたい」と情熱を持ったものしか創造できないものがあるに違いありません。今のディズニー映画に傑作が多いのは、作り手のより良い映画を提供したい、観るものを楽しませたい(驚かせたい)という熱意が込められているという所にあるのです。
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