映画『そして僕は途方に暮れる』藤ヶ谷太輔×三浦大輔監督「藤ヶ谷くんを撮っておけばこの映画は成立する、という確信」信頼と共闘の日々【ロングインタビュー】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

映画『そして僕は途方に暮れる』藤ヶ谷太輔×三浦大輔監督ロングインタビュー!過酷な撮影秘話や舞台当時からの変化など。

毛穴から噴き出る汗まで見えてしまう、飲み込む唾の音まで鮮明に聞こえてくる。「こんな藤ヶ谷太輔は見たことがない」という衝撃を、三浦大輔監督はフィルムに焼きつけた。

三浦監督のもと、藤ヶ谷が主演を務めた『そして僕は途方に暮れる』は、2018年にシアターコクーンで上演された舞台の映画化。シアターコクーンへの初の書き下ろし作品として三浦監督が手掛けた本作は、恋人からも、親友からも、そして家族からも逃げまくる、どうしようもない男の逃避劇となっている。

主人公の菅原裕一(藤ヶ谷太輔)は、自堕落な日々を過ごすフリーター。長年同棲している恋人と言い合いになり、家を飛び出す。その夜は親友の家に泊めてもらうが、そこでもいさかいが起きて逃げ、バイト先の先輩、姉のもとへ転々とし、ついには故郷の母の元へたどり着く。人間関係を断ち切り続けた裕一の、逃げた先にあるものとは……。

観客の誰もが彼から遠い場所にいて高みの見物をしていたはずが、気付いたら足元をすくわれている感覚になるこの映画。何と言ってもギリギリまで逃げ、追い詰められた藤ヶ谷……もとい菅原の表情、つまり、人間の深層に秘められたものを表現した藤ヶ谷の演技なくして語れない。

「楽しい思い出ですか? 1個もなかったです(笑)!」ときっぱりと言いながらも充実感をあらわにし、笑い合う藤ヶ谷&三浦監督に、作品に向き合った大事な時間そして共闘の日々についてインタビューした。

『そして僕は途方に暮れる』の映画化おめでとうございます。藤ヶ谷さんは、舞台で演じた同じ役をもう一度やることについて、最初に聞いたときはどう思いましたか?

藤ヶ谷:僕は単純に嬉しかったです。「また裕一に会えるんだ」という喜びと、舞台でできなかったことがもっと立体となっていくんだろうと思ったので。実際ロケにも行くだろうし、逃げるだろうし、「なんか面白そう、なんか嬉しいな」と一瞬思いました。けど……間違いなく相当ハードになるなって(笑)。

三浦監督:そうですね。舞台をやっている途中から「映像化にならないかな」とはずっと思っていたんです。藤ヶ谷くんの表情が、とても印象的に自分の中に残っていたから。

藤ヶ谷:「振り返る顔が印象的だから、それを映像で撮りたいと思っていた」と、舞台の後に初めて聞いたんです。

三浦監督:そうそう。映像だったらもっとそれを伝えられるし、また別の『そして僕は途方に暮れる』ができるんじゃないかなというイメージを持っていたので。結果、何とか念願叶い、実現できたという感じです。

「相当ハードになる」というワードが出ましたが、実際はいかがでしたか?

藤ヶ谷:まず、楽しかった思い出はひとつもないですね。

三浦監督:(笑)。

藤ヶ谷:1個もないです(笑)。よく完成披露や初日舞台挨拶のとき、登壇者同士で「久しぶり~」、「実は、このシーンであんなことあったよね」、「やめてくださいよ~」みたいなのが、あるじゃないですか? ああいうの、きっと一切ないです(笑)。

三浦監督:思い出にさせてくれないのね(笑)。

藤ヶ谷:やっているときは、とにかく舞台の稽古も思い出しました。三浦さんの中でのOKはどこなのか、と。本当に小さい針の穴に細い糸を通し続けるようなことをしていて、何本も何本もやって1ヶ所「あっ、これいけた」と思っても、次が駄目なこともあったりするので。

OKテイクが出るときは、ご自身でも「これだ」とわかるものですか?

藤ヶ谷:わかるときもありましたし、わからないときもあります。基本的に一発でOKが出ることはほぼないので、……かと言ってそれを計算してやるのも(違う)。自分の芝居のスタミナを小出しにしても結局「もう1回」となるし、バーッと出してやっても「もう1回」となる。……何にもない状態のところから何度やったか(苦笑)。

藤ヶ谷さんの魂というか、藤ヶ谷さんの一部がそのまま菅原裕一に刻み込まれているようで、全身全霊を懸けたんですね。

藤ヶ谷:裕一の追い込まれ方とかは、だからこそですよね。自分は現場で映像をチェックしないので、実際、僕も初号で初めて観たんです。俯瞰で観ることはできないですけど、実際に自分がどんどんやつれていく感じ……逃げて、痩せて、クマが出てきているのを目の当たりにして、「こんなことになってたのか! よく頑張ってたな!!」と(笑)。本当に、三浦さんに裕一にしていただいたと思っています。

……でもね、不思議なのが普段こうして(三浦監督と)話しているとすごくやわらかい方じゃないですか? 現場で三浦さんが「今日こそ早く帰りたいよね」、「眠いよね」と言ったりするから「今日早く終わるっぽい」と思って「監督、じゃあ今日は巻きましょ!」「巻こうね!」とか言い合うんです。でも、現場でモニターの前に入ると、人格が変わってる。「はい、もう1回、もう1回」となって「あっ今日もダメだね……」という感じでした(笑)。

三浦監督:そうですね(笑)。藤ヶ谷くんが本当に全身全霊でやってくださったので、こちら側としても完全に納得がいかないとOKを出したくない、という思いがあって必死にならざるを得ないんです。僕が嫌われ者になったとしても、ここでもう一踏ん張り、もう1テイクやったほうが結果、映画的にいいはずだと思うので、そことの葛藤でしたね。

本来、おそらく色々なバランスを考えて現場を回していかないといけないんですけど、僕はその感覚がちょっと悪いのかもしれなくて。僕のダメなところなんです。必死になり過ぎちゃって座組みの指揮をきちんと導くのが下手くそなのかな、という思いはいまだにありますね。

三浦監督からご覧になって、藤ヶ谷さんの舞台当時からの変化など、感じられたところはありますか?

三浦監督:舞台でも裕一をやりきって素晴らしかったので、(映画撮影の)最初は舞台のときの裕一を取り戻していった感じでした。

藤ヶ谷:ああ! 残っている感じは絶対あったと思います。

三浦監督:そうですよね。撮影最初のほうは藤ヶ谷くんも探っていたというか、「裕一ってこんな感じだったかな」という風に。けど、どこかでスイッチが入って、何をやっても裕一になって軸がぶれなくなったんです。そこからは、感情をふたりで確認し合ってやりました。

とはいえ、僕の菅原のイメージは舞台のときにかなり伝えたので、あとはもう藤ヶ谷くんのものにしていったというか。さらに藤ヶ谷くん自身によって肉付けされていったおかげで、彼の本質的なものもいろいろ零れ落ちるように映像ではなっています。藤ヶ谷くんを撮っておけばこの映画は成立するな、という確信は早い段階で持っていました。

藤ヶ谷:いやあ……今の言葉をいただけてすっごく嬉しいです。……けど、もしこの舞台をやってなかったら、これ以上やっていたとなると、どうなっていたのかなと思いますね(笑)。

北海道ロケもされたそうですね。撮影で印象深かったことはありましたか?

藤ヶ谷:雪……、めっちゃ大変でした。僕が登場する前に雪が降っている景色のみのカットがあるんですけど、雪の降り方と実際の自然の風の向きで、三浦監督がOKを出すまで4時間ぐらい待ってました(笑)。

雪待ち4時間ですか!?

藤ヶ谷:はい。ずっとあっきー(中尾明慶)と「北海道、寒っ!」とか言って雪待ちしました(笑)。粒の大きさが違う、その次は風の吹くのが違う、となり風はコントロールができないから待ちましょう、となったんですよね。途中、スノーマシンから雪を出しすぎて、欲しいときに雪が出てこなくなって。スノーマシンも「こんなに稼働するのかよ!」と驚いてましたよ(笑)。

三浦監督:そうなんですよ、大変なんですよ(笑)。ほとんど夜通しやっていたときもあったから、「さすがに……」とは思いましたけど。ただあの雪がね、ある程度マシンで作っておかないとダメで。全部が合成だと本当に嘘臭くなっちゃうので、リアリティーがなくなるのが嫌だなという思いはすごい強かったです。だから、そこはちょっとこだわったところではありますね。

中盤以降に出てくる、注目のシーンですね。北海道といえば、三浦監督の地元でもありますよね?

三浦監督:そうなんです。

藤ヶ谷:撮影中に三浦さんのご両親がいらっしゃいましたよね! しかも何度か。

三浦監督:ありましたね。来ていましたねぇ。

藤ヶ谷:お母さまは、息子がちゃんとやっているかどうかをすごい心配されていて、差し入れもいっぱい持って来てくださって。お父さまもいらっしゃったんですけど、三浦さんはお父さまとは全然会話しないんですよ。台本にある(母の)いくつになっても息子は息子で「ちゃんとごはん食べてるの?」というところや、お父さまとの距離感とか、「これ一緒、一緒だ!」と思いました。100%同じではないですけど、「こういう感じなんだ」というのが見られたので、なんか嬉しかったです。

そうなると、本作は少し私小説的な面もあるんでしょうか?

三浦監督:いえ、全然実体験ではありません(笑)。ただ僕も菅原みたいに逃げ癖を持っている人間なので、何となく自分を投影した部分はありました。例えば、田舎に帰るんだったら自分の生まれたところのほうが、自分も菅原を演じる藤ヶ谷くんと同化して感情移入して撮れるのかなと思ったりして。

都内でもロケがたくさんあったかと思います。新宿での藤ヶ谷さんの表情は特に忘れがたいですよね。三浦監督がほれ込んだ振り返りのシーン。

藤ヶ谷:あれは……リハも入れると本当に100回弱ぐらいやったと思います。三浦さんから「日本語の辞書に載っていない表情をしてほしい」と言われて。

三浦監督:そんなん言ったっけ? 覚えてないな(笑)。

藤ヶ谷:俺、覚えてますよ! ただでさえ難しいのに「どういうことだ!?」と思って、相当やりました。ロケの場所と時間的に、その界隈に遊びに来ている方や、働いている方などが足を止めて見てくれて、「あ、藤ヶ谷くんだ!」、「キスマイだ!」、「かっこいい~」とか「顔小さい!」みたいに、最初すごく盛り上がってくれたんです。でも、俺は永遠にそこで撮影しているじゃないですか。当初、興奮してくれていた人たちが、逆に「もうそろそろ帰ろうかな……」みたいなムードになって(笑)。最後、誰もいなくなってましたよ(笑)。

三浦監督:そうだったね(笑)。テクニカルの面で大変だったこともあり、あの場所にしようかどうか、その選択肢は実はすごく迷ったところだったんです。ほかのロケ地候補もあったんですけど、菅原の行く末として、分かりやすいものや明確なものだとつまらないし、藤ヶ谷くんに振り返ってもらう顔もいろいろな意味に捉えてほしいと思ったので、猥雑なものと文化的なものが混在している、あの場所で撮りたかったんです。

ありがとうございました。最後に、これから映画を観るFILMAGAユーザーへ、舞台版とは違う面白さがたっぷり含まれている本作について、一言いただけますか?

藤ヶ谷:もともと舞台の稽古のときは、いつもシーンとしていて、誰も笑わなかったんです。けど、いざ幕が開いたら笑いが起こったのですごくびっくりしました。僕はとにかく役に一生懸命でしたし、裕一として笑わせようと思ってやってなかったので。でも結局、一生懸命逃げることに精一杯=滑稽に見えて笑える、ということなんだと。「あっ、これって笑えるんだな」という発見があったんです。

映画でも初号のとき、現場にいらした過酷さを知っているスタッフさんは一切笑っていなかったですけど(笑)、そうでないスタッフさんたちはゲラゲラ笑っていました。だから、「やっぱり笑える作品なんだな」という再認識を繰り返した感じでした。

三浦監督:現場で撮ってるときは、笑える映画だと一切、思ってやってないからね。

藤ヶ谷:そうなんですよね! 前半がそういう(笑えるような)作りの分、後半になるにつれて、鼻で笑っていた皆さんが共感してきたり、散々馬鹿にしていたけど「自分もこういうとこある」という恐怖な感覚だったり、「クズだな、嫌だな」と思いながらも気づいたらちょっと応援しているとか、感覚が変わってくるんです。映画もそうだったらと、思ったりはしています。

(取材、文:赤山恭子、写真:提供写真)

映画『そして僕は途方に暮れる』は、2023年1月13日(金)より公開。

出演:藤ヶ谷太輔、前田敦子、中尾明慶/香里奈/原田美枝子/豊川悦司ほか。
監督:三浦大輔
脚本:三浦大輔
原作:シアターコクーン「そして僕は途方に暮れる」(作・演出 三浦大輔)
公式サイト:https://happinet-phantom.com/soshiboku/
(c)2022 映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

※2022年12月31日時点の情報です。

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