世界初のドラマ化!隠れた名作映画『わたしを離さないで』金10ドラマで遂に登場!

映画と音楽は人生の主成分

みやしゅん

年も明けてテレビドラマも新しいクールが始まります。年末から年始にかけて様々な特番で取り上げられていたため、テレビを見ていて、気になるドラマをすでにチェックしている方も多いのではないでしょうか?

様々なドラマに注目が集まっている中、特に話題を呼んでいるのが、1月15日からTBSではじまる新ドラマ『わたしを離さないで』です。主演が綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみという豪華なキャスティングだから注目されている…そう思っている方も多いことでしょう。しかし、それだけではありません!

今回は『わたしを離さないで』が、なぜこんなにも話題になっているのか?に焦点をあて、その理由と魅力に迫ります!

超社会派作品『わたしを離さないで』とは?~映画ファンも意外と知らない隠れた名作~

実はこの『わたしを離さないで』、舞台化や映画化もされてきた“超”がつくほどの社会派作品です。日本では2014年に舞台化され、多部未華子、三浦涼介、木村文乃を主演にむかえ、演出には蜷川実花が携わり話題となりました。しかし、それよりも昔…2010年にはイギリスで映画化されています。

イギリスの大ヒット小説。本国では実力派キャストで実写化!

原作は日系イギリス人の作家カズオ・イシグロが2005年に発表した同名小説『Never Let Me Go(わたしを離さないで)』です。この原作小説は本国イギリスで大ヒットを記録し、彼の代表作となりました。そして、この作品がもつ普遍的なテーマにいち早く気づいたマーク・ロマネク監督は、原作者カズオ・イシグロを製作総指揮として、2010年に映画作品として発表しました。

わたし

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非常に繊細で、少し触れただけでも崩れてしまいそうな物語を実写化するということもあり、本国では映画界の未来を担っていくであろう実力派俳優たちが主演に抜擢されました

まず、アカデミー賞主演女優賞受賞したキャリー・マリガンが物語の中心人物となるキャシーを演じています。そしてキャシーと共に時間を過ごしてきた仲間、トミーには『アメイジング・スパイダーマン』でスパイダーマンを演じたアンドリュー・ガーフィールド、ルースには『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを始め話題作に引っ張りだとなっているキーラ・ナイトレイが抜擢されました。

私も、はじめてこの作品を観た時はこの豪華なキャスティングに驚きました。まさに今、映画界を牽引していると言っても過言ではない俳優陣たちが出演していたからです…では、この『わたしを離さないで』とはどのような物語なのでしょうか?

“超”社会派作品…そのあらすじとは?

わたしたちは、ただ幸せになりたかっただけだった―。

田園地帯にひっそりとたたずむ寄宿学校ヘールシャム。“特別な使命をもった生徒”として育てられたキャシー、トミー、ルース。18歳になりはじめて外界へと足を踏み出した3人は、その運命に翻弄される。

外界と完全に隔絶されたその学校、そして彼女たちに託された使命とは―?

大人でいられる時間はごくわずか…生きる理由を探す物語。

『わたしを離さないで』は、舞台となったイギリスだけでなく、日本でも比較的タイムリーな社会問題をテーマとした社会派作品です。現代社会を鋭く捉えた原作、そして監督独自の世界観でその問題を繊細かつ壮大なスケールで表現しています。

物語は大きく分けて3つに分かれています。まず、ヘールシャムで過ごす時間…全ての謎はここからはじまります。そして外界への一歩を踏み出す18歳。そして、今…。

ドラマがはじまるということもあって詳しく書くことは出来ませんが、映画『わたしを離さないで』の鍵となるのは「提供」と「終了」という言葉です。3人の絆はこの言葉によって複雑に絡み合い、もがき苦しむことになります。そして、たどり着く彼女たちが生きる理由…その圧巻のラストに私たちはただただ無力となることでしょう。

彼女たちが大人でいられる時間はごくわずか…『わたしを離さないで』は、まさに生と愛が絡み合う究極のヒューマンラブストーリーなのです。

壮大ながらも儚い世界~金曜22時『わたしを離さないで』を見逃すな!~

原作および映画ではイギリスが舞台となっていましたが、今回のドラマ化にあたり舞台は日本へとうつされています。世界初のドラマ化ということもあり、おそらく舞台設定だけでなく物語の流れや結末等も変更が加えられ、映画とは異なる新たな『わたしを離さないで』として登場することでしょう。

そこで、最後にドラマ版『わたしを離さないで』の見所をご紹介したいと思います。

生きる意味を模索する3人の主人公たち

物語の軸となるのは「生と愛」です。これは原作、そして映画版と同じものです。綾瀬はるか演じる恭子、三浦春馬演じる友彦、そして水川あさみ演じる美和…3人の運命が複雑に絡み合いながら、壮大な結末へと向かっていきます。

本作がもつテーマは現代社会の問題を捉えたものであり、普遍的なものでもあります。「生と愛」…それは、決して綺麗事だけで語ることの出来ないテーマであり、大切なものです。だからこそ、多くの人に見て欲しい作品になっています。

大ヒットの法則~綾瀬はるか×森下佳子×TBS~

大ヒット小説の世界初のドラマ化として注目を浴びている一方で、ドラマファンが注目しているもう一つの理由があります。それが“綾瀬はるか×森下佳子×TBS”という組み合わせです。

実はこの組み合わせ、ドラマファンの中でも“ヒットを記録するタッグ”として有名です。これまでのこのタッグの作品を振り返ってみると『世界の中心で愛をさけぶ』や『白夜行』、『JIN-仁-』といった話題作ばかり…どの作品も繊細なテーマを扱いながらも、その壮大な世界観で多くのドラマファンを魅了してきました。

そんなドラマを大ヒットへと導く組み合わせがお送りする今回の『わたしを離さないで』…必見です!なお、ドラマは1月15日、金曜夜10時からスタートします。

ドラマ『わたしを離さないで』公式サイト:http://www.tbs.co.jp/never-let-me-go/

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※2021年11月30日時点のVOD配信情報です。

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  • lente
    4
    イギリス文学の系譜を継ぐナイーブな心情と、出口のないSF的ディストピアとの融合。こうした融けあい方をどのように受け止めれば良いのか、はじめ戸惑ったことをよく覚えています。 一般的にSF作品に描き出される人物像は、虚構の世界像に奉仕するため、どこか物語に対して機能的に描かれる傾向があります。けれどこの作品に登場する人物たちは皆、そうした世界像に貢献したり馴染んだりしていない。 映画でクローンといえば『ブレードランナー』(リドリー・スコット監督, 1982年)を真っ先に思い浮かべますが、僕の観方では『ブレードランナー』は『オイディプス神話』をベースとしているため、登場人物たちは古代ギリシャの神話体系に組み込まれるように振るまうことになる。そのためレプリカント(被創造物)は父殺し(創造主:人間)へと向かい、続編の『ブレードランナー2049』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督, 2017年)では、母と交わる(創造主:人間との子供を宿す)ことで神話を完成させることになった。 つまりそこに描き出されたのは、ギリシャ時代からの系譜を組む神殺し(父殺し)の話です。 いっぽう『わたしを離さないで』に登場する人物たちは、作者によって用意された虚構世界に生きながら、その世界から抜け出そうとしているように思えてなりません。運命に抗うレプリカント(ブレードランナー)と、運命を受け入れるクローン(わたしを離さないで)。両作品が描き出そうとする方向は、同じくクローンを扱いながらも真逆と言ってもよいほど正反対に振れている。 本作のようなSF的虚構であれ『日の名残り』のような歴史的背景であれ、大きなマクロ的舞台を用意したうえで個人のミクロ的視点を採り入れることにより、個人は物語の構造から抜け出す。おそらくこれこそが「信頼できない語り手」を用いた作風によって、カズオ・イシグロが描こうとしたものの核心にあるように思います。 この『わたしを離さないで』と『日の名残り』など、カズオ・イシグロ原作によるいずれの映画作品にも、そうしたマクロのなかでのミクロの振る舞いが静かに切実に描かれているように感じます。また脚本を務めたのが、のちにアンドロイドの身体論をテーマとした『エクス・マキナ』(2015年)を撮ることになる、アレックス・ガーランドであることを興味深く思います。 * 本作に描かれるマクロ的舞台とは以下の3点。 1)クローンをドナーとする臓器摘出によって、それまで不治だった病も治療可能となっている。 2)クローンはドナーとなって死ぬため、中年期まで生きることはない。 3)そのようにクローンの人権は無視されている一方、主人公たち3人が寄宿するヘールシャムのように、クローン利用の倫理を問う試みもあった。 そうした世界のなかヘールシャムで少年期を過ごした3人、キャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)は、それぞれの思いを抱きながら生きていますが、それらは決してマクロ的な世界像に奉仕するものではなく、ミクロ的視点で切実なものとなっています。 彼女たちは多くのSF作品に見られるように、物語のマクロ構造のために生きようとはしない。それぞれがミクロの窓を通してのみ想い、迷い、行動していきます。いっぽう少年期・青年期を通して物語が用意するマクロ的構造は、以下の偽りを彼女たちに信じさせている。 1)少年期:施設の外にある恐ろしい世界 2)青年期:愛の立証によるドナー提供の猶予 しかし彼女たちが切実に生きるミクロの窓は、こうした物語の構造に奉仕するものではなく、むしろクローンであることをまったく感じさせないナイーブな心の機微のほうにこそあります。 幼い日に施設のマーケットで『Never Let Me Go(わたしを離さないで)』の入ったアルバムをプレゼントされ、トミーと密やかに両想いとなるキャシー。彼女はその聡明さゆえに、世界や他者に働きかけることよりも何ごとにつけ受け入れる傾向がある。そのキャシーと親友でありながらトミーを奪うルース。けれどルースがほんとうに欲しかったのはトミーではなく、キャシーの動揺や嫉妬を通して感じられる自身の存在価値。自分のオリジナルを見に出かけるシーンでの激しい抵抗、死を悟ってからの遅すぎる謝罪、心を満たすものを求めながら何もないことを知っていくゆるやかな絶望。そしてトミーは、そうした女心などまったく分からない優しいロマンチストであり、キャシーにもルースにも、ただ男として彼女たちを包み込もうとしています。 このあたりの人物描写には、イギリス文学のあの感じが色濃く表れており、ジェーン・オースティン『プライドと偏見』やフォースター『眺めのいい部屋』などの系譜をはっきりと感じます。そしてだからこそ、彼女たちの人間性が静かに痛切に立ち上げられています。 そして彼女たちは、物語のマクロ的な出来事に抵抗せず、ただ自分たちのミクロ的な窓から世界と触れ合うことで物語から抜け出していく。そこにこそ本作をはじめとするカズオ・イシグロの最も重要な語りがあるように僕には思えます。 クローンである彼女たちの虚構性を通して描かれる人間性とは、そのようにしてしか語れないものであり、だからこそ『Never Let Me Go(わたしを離さないで)』という声なき声が痛切に響くことになる。 カズオ・イシグロがこの物語で描き出しているものは、クローン技術に象徴される人間の傲慢さを社会派ドラマとして語ることなどではなく、クローンたちの静かで痛切な声が、まぎれもなく僕たち人間のものであるということです。 そして震えるようなこの繊細さを感受することがないなら、物語に価値などないように僕には思えます。
  • かえで
    3.5
    何て残酷な物語なんだ、、
  • ひみつ
    2
    日本のドラマで内容や結末はインプットされていたが、映画版があることを知り、改めて視聴。短時間で盛り込むことは不可能だったのではと声が多い中、要所が摘まれて描かれているので分かり易いのではないかと感じた。人は必ず死を迎える。彼らはその覚悟を抱くのが余りにも早すぎて、理解をする他に選択肢はない。物心をつき始めた頃から死を迎える準備をする彼らに『かわいそう』と同情する気持ちに共感してしまった。なんといっても術中の医者の、彼らをモノとしか思っていない態度に唖然とする。命の尊さについて、時間が与えられていることの有難さについて、考えさせられました。
  • ショーン
    4.2
    切なくて胸が苦しくなる映画。 妙にリアリティがあるのはキャスト陣の演技のうまさからだと感じた。 良い映画。
  • achan
    3.1
    思っていた映画とは違いましたが非常に考えさせられる映画でした。 命の重みはこの世に生まれた来た日から誰一人変わらないと思います。 何十年後かには実現するかもと言われていることが実際起きると、このような非人道的な問題がでてくるのだなと思った
わたしを離さないで
のレビュー(24917件)