公開当初から、「2020年公開のベスト映画」「学園コメディの歴史に残る名作」「マイベストムービー」などの呼び声も高い映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(以下「ブックスマート」)。今回は、そんな本作の魅力を紹介していきたいと思います。
映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2020)あらすじ
成績優秀な優等生であることを誇っていた親友同士のエイミー(ケイトリン・デヴァー)とモリー(ビーニー・フェルドスタイン)。しかし卒業前夜、遊んでばかりいたはずの同級生もハイレベルな進路を歩むことを知り自信喪失。
二人は失った時間を取り戻すべく卒業パーティーに乗り込むことを決意する。果たして、二人を待ち受ける怒涛の一夜の冒険とは。そして、無事に卒業式を迎えることができるのだろうか……。
※以下、「ブックスマート」のネタバレを含みます。
魅力は、“多様性の肯定”
本作の魅力を一言でいえば、“多様性の肯定”です。多くの人が抱えている「悩み」をこの作品の世界では「素敵な個性」として肯定され、一切否定されることなく描かれています。
なので、今までの学園コメディに多くあった身内ネタやホモソーシャルなノリ、見た目に対するイジリなどは本作ではありません。結果として、登場人物全員が“卒業式”という一大イベントに向けて主人公になっている様子が、鮮やかに描かれています。
例えば、校内でビッチと噂されるトリプル Aことアナベルは、今までの学園コメディなら“イジられ”の対象と言える存在。きっと彼女の内面やあるいは、“主人公”としての彼女の物語を描かれることはなく、“出オチ”として扱われたと思います。しかし本作では、彼女の葛藤や苦悩もしっかり描かれているんです。
“多様性”を描くことができたのは、学園を舞台にしたことが大きいと思います。アメリカの公立高校には、多様な人種と様々な経済状況の学生が通っています。昨今のポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)で作品を作る自由が狭まるという意見もありますが、本作を見ればむしろ豊かな実際の社会を描くことができるのだということがわかります。
「シスターフッド」映画として観てみる
本作で多くの観客の情緒を揺さぶるのが、エイミーが気になっている存在のライアンを追いかけてプールに飛び込むシーン。このシーンが魅力的なのは、今までモリーの言うことを聞いてきただけのエイミーが、自分の意思で行動するからです。ちなみにモリーは恋するニックを追いかけることができなく、エミリーと対照的に表現されています。
前述の通り本作の最も素晴らしい点は、登場人物全員が脇役としてではなく、主人公として物語内で機能していくことです。パワーバランス的に“相方”のイメージが強かったエイミーが、主人公としての彼女の物語を(モリーの導きなしに)切り開いていくストーリー展開はお見事!
そして卒業式当日、モリーはエイミーの面会に向かいますが、昨日のことはなかったように馬鹿話をする二人。ここから物語はさらに加速するのですが、観客はあることに気がつきます。それはモリーとエミリーのどちらが“主人公”で、どちらが“相方”かなんてどうでも良いことを。役割やレッテルが剥奪されたエンディングは、涙なしに観ることができません。
本作は、「友情の話」だと監督のオリヴィア・ワイルドは語っています。モリーとエイミーの関係性から、昨今話題の「シスターフッド」映画としても本作はおすすめの1作と言えます。
現在の問題と過去の引用
いわゆるポリコレ論争が起きて以来、それにいち早くリアクションを示したのが、Netflixでした。例えば『セックス・エデュケーション』や『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』(どちらも高校が舞台)を観てみると、「ブックスマート」は、その延長線にある作品だということがわかります。そしてそれらには、今まで描かれてこなかった多様な人種、性的マイノリティにフォーカスが当てられています。
また同時に本作は、学園コメディの王道として過去の作品の要素も盛り込んでいます。特に多くの方々が指摘しているように、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』は本作と似たプロットの作品です(『スーパーバッド 童貞ウォーズ』の主演ジョナ・ヒルの妹は本作のモリー役ビーニー・フェルドスタイン)。
だからこそ、この2つを比較して観ると『スーパーバッド 童貞ウォーズ』にはいくつかの疑問を感じます。
・なぜ、女性キャラは主人公に対して恋をしたのか
・主人公らはどうして仲直りをしたのか
コメディに対して解説を求めるのが野暮なことは百も承知ですが、「女性の内面が描かれていない」「男性の友情の希薄さ」について今観ると、モヤっとしてしまうのが素直な印象。逆に「ブックスマート」は、過去作に対しての敬意を評しつつ、今の問題を向き合っている作品であり、2020年以降の映画に求められる態度の一つと言えそうです。
青春に音楽はつきものだ
最後に「ブックスマート」の音楽に軽くですが触れておきたいと思います。学園ドラマには、青春の音が詰め込まれています。例えば、前項でも触れた『スーパーバッド 童貞ウォーズ』では、Jean KnightやFour Topsをはじめとしたソウルミュージックが全編に流れます(ソウルミュージックが効いてる映画に身を委ねたかったら『ジャッキー・ブラウン』や『ルディ・レイ・ムーア』などもオススメ)。
では、本作はどうか。個人的にここ数年の映画で最高水準の選曲なのではないか? という風に感じました。ジャンルは多岐に渡っていて、Pファンクの重鎮・Parliamentやセンセーショナルな歌詞と独特なヴォイスで話題になったAlanis Morissette(失恋ソングである“You Oughta Know”をエイミーが失恋する前に歌うシーンは本作のハイライト)などの名曲を取り上げつつ、懐古趣味にならないでPerfume GeniusやRhye、Lizzo、Anderson Paakなど“今の音”を鳴らす音楽も取り上げられていることにグッときました。
“今の音”とは、一言で言えば政治的ステイトメントを兼ね備えているということです。女性アーティストLizzoは、自分の見た目を受け入れ、自分らしさを好きになる「ボディポジティブ」のアイコンとも言える存在で、またPerfume Geniusは自身の男性性や性的嗜好といったパーソナリティと向き合い、内省的な歌詞や世界観で世界の注目を浴びています。
これらから本作は、音楽の選曲にも映画としての主張が感じられる良い例と言えそうです。この音楽はぜひ劇場で爆音で聴いてほしいと思います!
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※2020年10月31日時点の情報です。